◆◆◆◆ 4-5 目利き ◆◆◆◆
【 ランハ 】
「ふぅ……やはり、茶は森羅のものに限るわね」
ヨスガを帰らせたあと、ランハはふたたび茶をたしなんでいた。
【 ランハ 】
「あなたも飲んではどう?」
【 方術士 】
「お戯れを――皇帝陛下すら味わえぬ希少な茶を馳走になっては、天罰が下りましょう」
そう応じ、うやうやしく一礼してみせたのは、覆面をつけた方士姿の男である。
【 ランハ 】
「ふふふ、そうかしらね?」
先ほどヨスガに振る舞ったものとは比較にならぬほど、はるかに馥郁たる質の良い茶を喫しつつ、皇太后は微笑む。
*馥郁……良い香りがする様子。
【 ランハ 】
「それで――どうだったのかしら? あの娘は」
【 方術士 】
「は……国母さまのお見立ての通り、仙才のかけらもないただの凡骨でしかありません」
【 ランハ 】
「あら、やっぱり? 皇帝陛下がご執心のようだから、なにか特別なところがあるのかと思ったけれど……」
【 ランハ 】
「気のせいだったみたいね。私が見ても、ただの田舎娘だったわ」
【 シジョウ 】
「国母さまの鑑定眼が、狂うはずがありましょうや」
【 ランハ 】
「ふふ、相変わらず褒め上手ね、シジョウ」
方士の名は〈黄龍・シジョウ〉。
ランハの取り巻きたる方士集団〈十二佳仙〉の筆頭格にあたる男である。
【 ランハ 】
「それにしても、わざわざ呼びつけないと視えないものなの?」
【 シジョウ 】
「は……西の陛下の周りにも、小癪な方士がうろついておりますゆえ、なかなか」
先ほどの茶会のおり、シジョウは方術をもって身を潜め、ホノカナを見極めていたのである。
【 ランハ 】
「ふうん? まぁいいわ。あのさかしらなヨスガを可愛がってあげるのは、すこぶる楽しかったし!」
くすくす、と楽しげに笑うランハ。
【 ランハ 】
「――でも、あのタイシンがわざわざ送り込んできたからには、なにか仕掛けがあるのではなくて?」
【 シジョウ 】
「さて……たしかに、あの商人めが無意味な真似をするとも思えませんが」
如才ない政商である焦・タイシンの手駒であるとするなら、なにもないと考えるのは楽観的にすぎるといえよう。
【 ランハ 】
「実は良家の血筋……というわけでもないのでしょう?」
【 シジョウ 】
「鱗大将軍の末裔などと称しているようですが……怪しいものです」
【 ランハ 】
「ふふ、まさか、ご先祖と同じさだめをたどるつもりかしらね? それはそれで、見ものではあるけれど!」
【 シジョウ 】
「……さてさて……」
シジョウは答えず、ただかぶりを振った。
宙帝国建国の功臣であり、〈武烈十七卿〉に数えられる名臣、鱗・ハルカナ。
諸説あるが、ハルカナは晩年になって逆心を起こし、神祖の命を狙い、返り討ちにあった……という伝承がある。
それを、あのタイシンが知らないはずもないが。
【 ランハ 】
「そういえばあの子、峰東の出だそうね。あなたたちには、少なからず恨みがあるのではないかしら?」
【 シジョウ 】
「いやはや、とんだ逆恨み……むしろ我らは、被害者というべき立場だというのに」
七年前、峰東の地を血の海に沈めた〈五妖の乱〉。
その原因は一つではないが、シジョウら十二佳仙が元凶だという見方は根強い。
【 ランハ 】
「仕方ないのではなくて? 謀叛の首謀者が、元同僚たちとあってはね」
【 シジョウ 】
「……まこと、我らの不徳のいたすところにて」
【 ランハ 】
「ふふ、得ることは失うに等しい――とは言うけれど、因果は巡るといったところね!」
【 シジョウ 】
「……ともあれ、かの小娘、お気にかかるようなら、いかようにもいたしますが?」
【 ランハ 】
「まぁ、今はやめておきましょう。タイシンとのこともあるしね」
【 ランハ 】
「それよりも、さしあたり片付けなくてはならない問題があるでしょう?」
【 シジョウ 】
「……は。烙宰相閣下、ですな」
【 ランハ 】
「仮病は治ったらしいわね」
【 シジョウ 】
「明日の朝議にて、言上する由」
【 ランハ 】
「ふうん? まさか、隠居して引きこもりたい……という話ではないわよねぇ」
【 シジョウ 】
「それなら話は早いのですが、むしろ、逆でありましょうな」
【 ランハ 】
「ふぅ……哀れなものね、引き際をわきまえられない男というのは」
ことさら、大げさに嘆息してみせるランハ。
【 シジョウ 】
「まったくです。せっかく機会を与えてやったというのに。権勢欲に囚われた人間というのは、どうにも救いがたいものですな」
【 ランハ 】
「あら――それは、私も含めてのことかしら?」
【 シジョウ 】
「ご冗談を――国母さまは権勢に囚われるのではなく、むしろ捕らえて手離さぬ御方でございましょう」
【 ランハ 】
「うふふ、うまいことを言うわね」
【 シジョウ 】
「それで……いかがなさいます?」
【 ランハ 】
「べつに? やりたいことがあるのなら、やらせてみればいいでしょう。だいたい、予想はつくけれど」
【 シジョウ 】
「よろしいので?」
【 ランハ 】
「もちろんよ」
茶の香りを楽しみながら、微笑むランハ。
【 ランハ 】
「それが、天下のためになることならば――――ね」
……もちろんその天下とは、彼女による、彼女のための天下のことにほかならないのだった。
ブックマーク、ご感想、ご評価いただけると嬉しいです!




