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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
43/421

◆◆◆◆ 4-5 目利き ◆◆◆◆

【 ランハ 】

「ふぅ……やはり、茶は森羅しんらのものに限るわね」


 ヨスガを帰らせたあと、ランハはふたたび茶をたしなんでいた。


【 ランハ 】

「あなたも飲んではどう?」


【 方術士 】

「お戯れを――皇帝陛下すら味わえぬ希少な茶を馳走になっては、天罰が下りましょう」


 そう応じ、うやうやしく一礼してみせたのは、覆面をつけた方士姿の男である。


【 ランハ 】

「ふふふ、そうかしらね?」


 先ほどヨスガに振る舞ったものとは比較にならぬほど、はるかに馥郁ふくいくたる質の良い茶を喫しつつ、皇太后は微笑む。

 *馥郁……良い香りがする様子。


【 ランハ 】

「それで――どうだったのかしら? あの娘は」


【 方術士 】

「は……国母さまのお見立ての通り、仙才のかけらもないただの凡骨ぼんこつでしかありません」


【 ランハ 】

「あら、やっぱり? 皇帝陛下がご執心のようだから、なにか特別なところがあるのかと思ったけれど……」


【 ランハ 】

「気のせいだったみたいね。私が見ても、ただの田舎娘だったわ」


【 シジョウ 】

「国母さまの鑑定眼が、狂うはずがありましょうや」


【 ランハ 】

「ふふ、相変わらず褒め上手ね、シジョウ」


 方士の名は〈黄龍コウリュウ・シジョウ〉。

 ランハの取り巻きたる方士集団〈十二佳仙じゅうにかせん〉の筆頭格にあたる男である。


【 ランハ 】

「それにしても、わざわざ呼びつけないとえないものなの?」


【 シジョウ 】

「は……西の陛下の周りにも、小癪な方士がうろついておりますゆえ、なかなか」


 先ほどの茶会のおり、シジョウは方術をもって身を潜め、ホノカナを見極めていたのである。


【 ランハ 】

「ふうん? まぁいいわ。あのさかしらなヨスガを可愛がってあげるのは、すこぶる楽しかったし!」


 くすくす、と楽しげに笑うランハ。


【 ランハ 】

「――でも、あのタイシンがわざわざ送り込んできたからには、なにか仕掛けがあるのではなくて?」


【 シジョウ 】

「さて……たしかに、あの商人めが無意味な真似をするとも思えませんが」


 如才じょさいない政商であるショウ・タイシンの手駒であるとするなら、なにもないと考えるのは楽観的にすぎるといえよう。


【 ランハ 】

「実は良家の血筋……というわけでもないのでしょう?」


【 シジョウ 】

リン大将軍の末裔などと称しているようですが……怪しいものです」


【 ランハ 】

「ふふ、まさか、ご先祖と同じさだめをたどるつもりかしらね? それはそれで、見ものではあるけれど!」


【 シジョウ 】

「……さてさて……」


 シジョウは答えず、ただかぶりを振った。

 ちゅう帝国建国の功臣であり、〈武烈十七卿ぶれつじゅうななきょう〉に数えられる名臣、リン・ハルカナ。

 諸説あるが、ハルカナは晩年になって逆心を起こし、神祖の命を狙い、返り討ちにあった……という伝承がある。

 それを、あのタイシンが知らないはずもないが。


【 ランハ 】

「そういえばあの子、峰東ほうとうの出だそうね。あなたたちには、少なからず恨みがあるのではないかしら?」


【 シジョウ 】

「いやはや、とんだ逆恨み……むしろ我らは、被害者というべき立場だというのに」


 七年前、峰東の地を血の海に沈めた〈五妖の乱〉。

 その原因は一つではないが、シジョウら十二佳仙が元凶だという見方は根強い。


【 ランハ 】

「仕方ないのではなくて? 謀叛の首謀者が、元同僚たちとあってはね」


【 シジョウ 】

「……まこと、我らの不徳のいたすところにて」


【 ランハ 】

「ふふ、得ることは失うに等しい――とは言うけれど、因果は巡るといったところね!」


【 シジョウ 】

「……ともあれ、かの小娘、お気にかかるようなら、いかようにもいたしますが?」


【 ランハ 】

「まぁ、今はやめておきましょう。タイシンとのこともあるしね」


【 ランハ 】

「それよりも、さしあたり片付けなくてはならない問題があるでしょう?」


【 シジョウ 】

「……は。ラク宰相閣下、ですな」


【 ランハ 】

「仮病は治ったらしいわね」


【 シジョウ 】

「明日の朝議にて、言上するよし


【 ランハ 】

「ふうん? まさか、隠居して引きこもりたい……という話ではないわよねぇ」


【 シジョウ 】

「それなら話は早いのですが、むしろ、逆でありましょうな」


【 ランハ 】

「ふぅ……哀れなものね、引き際をわきまえられない男というのは」


 ことさら、大げさに嘆息してみせるランハ。


【 シジョウ 】

「まったくです。せっかく機会を与えてやったというのに。権勢欲に囚われた人間というのは、どうにも救いがたいものですな」


【 ランハ 】

「あら――それは、私も含めてのことかしら?」


【 シジョウ 】

「ご冗談を――国母さまは権勢に囚われるのではなく、むしろ捕らえて手離さぬ御方でございましょう」


【 ランハ 】

「うふふ、うまいことを言うわね」


【 シジョウ 】

「それで……いかがなさいます?」


【 ランハ 】

「べつに? やりたいことがあるのなら、やらせてみればいいでしょう。だいたい、予想はつくけれど」


【 シジョウ 】

「よろしいので?」


【 ランハ 】

「もちろんよ」


 茶の香りを楽しみながら、微笑むランハ。


【 ランハ 】

「それが、天下のためになることならば――――ね」


 ……もちろんその天下とは、彼女による、彼女のための天下のことにほかならないのだった。

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