◆◆◆◆ 10-9 宝玲に起つ ◆◆◆◆
【 屍冥幽姫 】
「シシ……騒がしいことですね……」
【 催命翔鬼 】
「あんたは、あの小生意気な娘っ子についていくつもりなんだろ?」
山塞の薄暗がりを歩きながら、死人使いと自称死神が身の振り方を話している。
【 屍冥幽姫 】
「それはもちろん――ランブさんをはじめ、気になる素材が揃っていますので! シシ……シッシシシ……♪」
【 催命翔鬼 】
「やれやれ……楽しそうで結構なこった」
【 屍冥幽姫 】
「そちらこそ、どうするつもりなんですか?」
【 催命翔鬼 】
「あたしは、まァ、どっちだっていいけど――うおっ!?」
廊下に誰かが横たわっているのに気づき、思わず声をあげる。
【 屍冥幽姫 】
「シッ? これは真新しい行き倒れの死体っ……?」
【 ???? 】
「…………」
【 催命翔鬼 】
「まだピクピクしてるじゃねぇか。こいつは、確か――」
【 ギョクレン 】
「……う……う、うううっ……」
【 催命翔鬼 】
「……なんだ、あの大ヘボ軍師殿の弟子じゃねぇか。なんでこんなところに転がってるんだ?」
寝転がっているのは、〈小幻魔〉こと〈青・ギョクレン〉であった。
【 ギョクレン 】
「うううっ……師父っ……どこでございますかっ……うぅっ……うちは……うちはぁっ……」
めそめそと涙にくれている。
【 屍冥幽姫 】
「ははぁ~……寂しさのあまり、くたばりそうな感じですねぇ……このまま放っておいたら息の音が止まって、僵尸にできるかも……シシッ……あっ、魂の方はそちらに差し上げますのでご心配なく……」
【 催命翔鬼 】
「こんな輩の魂、食らいたくねぇ~な……」
皆がそれぞれの思惑を抱える中、ヨスガはといえば――
【 ヨスガ 】
「――そなたたちも、今のうちなら逃げる算段はつく。今後のことは、しかと考えるがよかろう」
帝都からここまで同行してきた官僚たちと面会し、そう告げていた。
【 変わり種の史官 】
「いえいえ滅相もない! このまま帝都に戻っても、どうせ大した仕事にはありつけませんし……」
*史官……歴史書の作成を任務とする役人。
【 変わり種の史官 】
「なにより、陛下に従っておれば、この先いろいろな土地に行ったり著名人に会えたりできそうです! いやぁ、ワクワクするなぁ……!」
【 ヨスガ 】
「こやつ、下心を隠そうともせぬな……そなたはどうだ?」
【 風変わりな楽官 】
「私はですねー、宮廷音楽の伝統は伝統でいいんですけどー、新しいことしちゃダメっていうのがどーにも気に入らなくてですねー。陛下のところなら、新しい時代の音楽? 創れちゃうんじゃないかな? って思うのでー」
*楽官……音楽をつかさどる役人。
【 ヨスガ 】
「ほう、我の演奏に惚れ込んだというわけか? 無理もないが!」
【 風変わりな楽官 】
「ん? んんー、陛下の演奏はですねー、感情が乗ってるところが、とってもいいと思いますねー。私はけっこう好きですよー、うん、好きか嫌いかで言ったら」
【 ヨスガ 】
「こやつ、遠回しに我が下手だと言っておらぬか!?」
【 ミズキ 】
「――そちらは?」
【 物好きな書記官 】
「自分は……はい、事務仕事でしたらなんでもござれですが……いかんせん、ケチな仕事はやりたくないので……ええ、陛下が勝ち残って天下を取ってくだされば、自分も出世して大きな仕事ができますので……ええ、はい……どうぞ、がんばってください」
【 ヨスガ 】
「こやつら、そろいもそろって呆れるほど厚かましい性根だな……!」
【 ミズキ 】
「……さすが、文官ながらにあの逃避行を生き延びただけのことはありますね」
確かに、これくらいの根性がなければ、あえてヨスガに加担しようなどとは思わないであろう。
そして――
【 ヨスガ 】
「皆――よく残ってくれたな」
山塞の広場に、残留を決めた将兵や住民が集まっている。
離脱者は想定よりも少なく、当初の八割ほどが残っていた。
【 宝玲山の将 】
「まあ、霙の姐御だったら、こうするだろうからなぁ! 弱きを助け強きをくじく、ってな!」
【 宝玲山の将 】
「おおっ! 天下の孤児となっちまった非力でお気の毒な皇帝陛下を見捨てるなんざ、できやしませんぜ!」
【 宝玲山の将 】
「博打は、分の悪いほうが面白いですからね――天下を相手の無理無茶無謀な大博打、乗ってみるのもまた一興というものでしょう」
【 ヨスガ 】
「うむ、さんざんな言われようだが……聞かなかったことにしよう!」
ひとつ、咳払いをして。
【 ヨスガ 】
「――知っての通り、朝廷は我を廃し、新たな帝を立てた」
【 ヨスガ 】
「だが、我は大人しく認めはせぬし、また諦めもせぬ。我こそは正当なる天子なり、と叫び続けようぞ!」
【 ヨスガ 】
「そして、天下をほしいままに操ろうとする輩を必ずや討ち滅ぼし、再び玉座へと返り咲いてみせるっ!」
【 ヨスガ 】
「――夢物語? そうかもしれぬ。だが、青史をひも解いてみよ」
*青史……歴史の意。
【 ヨスガ 】
「我らが宙の建国の祖たる神祖さま、すなわち我のご先祖である武烈替天皇帝は、わずか十数人の仲間とともに旗揚げし、長年の苦難の末、ついに天下を平定し、宙王朝を打ち立てた――」
【 ヨスガ 】
「――神祖さまの艱難辛苦に比べれば、我には力を貸してくれる者がこんなにも大勢いる。さすればきっと、天下は我の元に帰するであろう!」
【 ヨスガ 】
「――しかと見届けよ! 我に逆らう不届き者たちはことごとく屈服させ、我が大業の礎としてくれようぞっ!!」
【 ヨスガの軍勢 】
『おおおおおッ……!!』
火が出るほど意気盛んなヨスガの演説に、一同は割れんばかりの喚声をもって応えた――
――軍民あわせてわずか数千なれども、ここにヨスガの勢力が宝玲山に堂々と決起した。
むろん、新帝を戴く朝廷はこれを放置するはずはなく、廃帝ヨスガ征伐の軍が催されることになろう。
同時に、各地の群雄たちも思い思いに兵を動かし始めるに違いない。
史上未曽有の大乱世は、今まさに幕を開けようとしているのだった――
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