◆◆◆◆ 10-3 主と客 ◆◆◆◆
【 グンム 】
「ところで楽老師――ひとつ、提案があるんだが」
そろそろシュレイが暇を告げようとしたとき、グンムが思い出したように切り出した。
【 シュレイ 】
「と、申されますと?」
【 グンム 】
「なに、貴公の働きに報いなきゃなるまい、と思ってな」
【 グンム 】
「そろそろ、官職に就いてはどうだ?」
さらりと告げる。
【 シュレイ 】
「それは――」
【 グンム 】
「まあ、さすがにいきなり尚書令とはいかんが、秘書官や侍中くらいなら問題ないだろう。どうかな?」
*尚書令、秘書官、侍中……宙帝国の官職。この中では尚書令が一番格上にあたる。
【 シュレイ 】
「は――たいへん、ありがたい仰せですが――」
グンムの申し出に、シュレイは言葉を濁す。
【 グンム 】
「気が乗らないか? 確固たる地位があった方が、いろいろとやりやすいことも多かろうに。いつまでも俺の客分のままでは、不便ではないか?」
【 シュレイ 】
「それはそうですが……反面、身軽な立場の方が、なにかと便利でもありますので」
【 シュレイ 】
「今のところは、一介の布衣であった方が、閣下のお力になれるかと――」
*布衣……無官の庶民の意。
【 グンム 】
「ふむ……そうか」
グンムは、気を悪くしたふうもなく。
【 グンム 】
「ま、無理強いする気はない。気が変わったら、いつでも申し出てくれ」
【 シュレイ 】
「はっ……」
シュレイは、深々と一礼した。
【 シュレイ 】
「……ふぅ……」
グンムの執務室を退出したシュレイは、大きく息をついた。
【 シュレイ 】
(……やはり、食えない男だ)
あらためて、そう感じる。
【 シュレイ 】
(私を部下として扱いたい――と、いうところか?)
今のところ、グンムとシュレイは主と客ではあっても、君と臣というわけではない。
その関係は、ほぼ対等といっていいものである。
それゆえ、これまでは忌憚のない意見も言えたが……官職を得たら、そうもいかない。
*忌憚……遠慮の意。
どちらも宙王朝の臣下同士……といっても、おのずと序列は明確になってしまうだろう。
【 シュレイ 】
(私を、煙たがっているようだな)
そう察するのは、容易だった。
便利な駒ではあるにせよ、先生扱いして気を遣わねばならないというところが、扱いづらいのかもしれない。
【 シュレイ 】
(……まあ、是非もないことだ)
シュレイは、佞臣になるつもりはない。
*佞臣……奸悪な家臣の意。
お互いに言うべきことは言い、時には対立することもあるのが、正常な人間関係というものであろう。
【 シュレイ 】
(今は、牽制ていどではあるが……)
いずれは、さらなる圧力をかけてくるかもしれない。
そうなれば、また考えなくてはならぬだろう。
【 シュレイ 】
(……まだまだ、やるべきことは、数多い)
【 シュレイ 】
(いたずらに逸らず、慎重にかからねば……な)
シュレイは己に言い聞かせながら、グンムの邸を後にしたのだった。
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