◆◆◆◆ 9-107 鶴風の戦い(56) ◆◆◆◆
【 ランブ 】
「ぐっ……うっ……!」
【 ゼンキョク 】
「痛みますか」
ゼンキョクが、横たわったランブの傷口を縫っている。
【 ランブ 】
「い、いやっ……たいしたことは、ないっ……!」
そうは言いつつも、脂汗を浮かべ、歯を食いしばって激痛に堪えている。
【 ゼンキョク 】
「麻酔があればいいのですが……いささか、手間がかかりますので」
【 ランブ 】
「……っ、気遣いは、無用、だっ……くぅっ!」
気を抜いたら失神しそうな痛みに苛まれつつも、ランブはかろうじて耐え忍ぶ。
【 ランブ 】
「……っ、それに、してもっ……老師っ……」
すでに黒衣も仮面も脱いだゼンキョクは、いつもと変わらぬ医師の姿となっている。
【 ゼンキョク 】
「どうしました?」
【 ランブ 】
「……っ、老師は……無念無想の域に、達して、いるのだなっ……」
*無念無想……無我の境地の意。
そうでなければ、かの魔人の〈怨憎返報〉の術とやらは破れなかったであろう。
【 ゼンキョク 】
「ああ――先ほどの件ですか。なに、そうたいしたものではありませんよ」
手を止めることなく、さらりと言う。
【 ランブ 】
「し……しかし……」
【 ゼンキョク 】
「私はただ、陛下に命じられたままに、『職分』を果たしただけですので」
【 ランブ 】
「…………っ」
【 ゼンキョク 】
「処刑人が、執行にあたっていちいち囚人に特別な思いを抱いたりはしないものです。戦場においても、そうなのでは?」
【 ランブ 】
「……っ、それは……」
【 ゼンキョク 】
「それに、先日受けた例の毒のせいで、まだ本調子ではありませんし……あの一太刀を放てたのは、皆さまのおかげというものです」
膏薬を貼りながら、ゼンキョクは淡々と告げる。
【 ランブ 】
「そういえばっ……老師は、いつの間に、ここにっ……?」
体調がすぐれないゼンキョクは、一足先に宝玲山に向かっているはずだった。
【 ゼンキョク 】
「ギョクレン殿が連れてきてくれたのです――本来は、傷病者の手当てのためでしたが」
【 ランブ 】
「……っ、そういう、ことかっ……」
僥倖が重なって、難を逃れた……ということになる。
化生のものと成り果てたタシギにとっては、不幸だっただろうが。
【 ゼンキョク 】
「……身体が万全なら、もっと多くの仲間を助けられたはずですが……無念です」
【 ランブ 】
「……っ、気を落とすことは……ない……皆、己のやれることを、やるべきことを、やったのだからっ……」
【 ゼンキョク 】
「ええ――」
失われた命は、決して戻ってくることはない。
残された者にできることは……
その遺志を、受け継いでいくことだけなのだ。
【 屍冥幽姫 】
「シシィ……ランブさん、ご無事で、なによりでした……」
屍冥幽姫が、治療を受けるランブをこっそりと木陰から見守っている。
【 ???? 】
「とか言いながら、むしろ残念そうに見えるんだけどぉ?」
【 屍冥幽姫 】
「シッ!? な、なんだ……カンナさんでしたか」
【 催命翔鬼 】
「その名で呼ぶんじゃねぇ~よ。あのデカブツがくたばってたら、意気揚々と僵尸にしてたんだろう?」
いつの間にか、自称死神・催命翔鬼が木の枝に腰かけ、足をプラプラさせて見下ろしていた。
【 屍冥幽姫 】
「シシシ……さぁ、どうでしょう……貴方こそ、生きてたんですね。よかったぁ……」
【 催命翔鬼 】
「へえ、心配してくれてたワケ?」
【 屍冥幽姫 】
「ええ、もちろんですとも……! 死神?を僵尸にしたらいったいどうなるのか、今から楽しみでたまりませんので……」
【 屍冥幽姫 】
「死ぬときはぜひ、私の前にしてくださいね……シシシ!」
【 催命翔鬼 】
「やなこった、絶対死んでやらね~わ……ゲップ」
【 屍冥幽姫 】
「? なんだか、お腹いっぱいみたいですね……あっ、もしかして、砕嶺山さん、食べちゃったんですか?」
【 催命翔鬼 】
「いや食ってねえわ。ちょっと別のところに移しただけだっての」
【 催命翔鬼 】
「さっき食らった魂が、なかなかの美味で、ずいぶん食いごたえもあったのさ……ケ~タケタケタッ!」
【 屍冥幽姫 】
「うわ、こわぁ……」
【 催命翔鬼 】
「いや、あんたには言われたくねぇんだけど?」
どっこいどっこい、というところだった。
ブックマーク、ご感想、ご評価いただけると嬉しいです!




