◆◆◆◆ 9-100 鶴風の戦い(49) ◆◆◆◆
銀・タシギが最初に人を手にかけたのは、物心ついて間もない頃だった。
彼女の父は帝都の小役人で、大変な酒飲みだった。
酒に酔っては、彼女のみならず、母や弟妹たちにも暴力をふるっていたのである。
――このままだと、いつか殺される。
そう思い詰めた彼女は、泥酔した父が寝入っているところを襲い、父の腰から抜いた短刀で喉笛を掻っ切ったのである。
生温かい血が溢れる感触に、彼女の胸に浮かんだのは、安堵でも、ましてや後悔でもなく、
――とても、心地いい。
そんな、恍惚とした感覚だった。
その後、家を飛び出した彼女は、歓楽街の路地裏に潜み、遊び帰りの客を襲う強盗の常習犯となった。
誰に習ったわけでもないのに、気の緩んだ相手を狙い撃ちにするあたり、才能があった――と、いうしかない。
食うに困らないだけの仕事をしていれば、目をつけられることもなかったかもしれないが、彼女はあまりに派手にやりすぎた。
――人が死ぬところを見るのは面白い……ましてや、自分が殺すとなれば!
懐が温かろうが寒かろうがおかまいなく、半ば習慣のように闇に身をひそめ、恨みもない相手を殺傷する。
そうなると、さすがに歓楽街の顔役たちも放ってはおけず、彼らに雇われた一団によって、あどけない殺人鬼は囚われの身となった。
その一団というのが、〈聖真理会〉――かつては忍び集団として知られたが、今や暗殺を生業とする一党に他ならなかった。
聖真理会の者たちは、彼女の並みならぬ才覚を惜しみ、里へと連れ帰り、〈紅蟲〉と名付け、己たちの手駒とすることにした。
――しかしこの娘は、人殺しを好む剣呑な者です。刺客には向いていないのでは?
中には、そう危ぶむ声もあった。
暗殺とは、静かに、効率的に実行すべきものだが、紅蟲はあまりに無益な殺生を好みすぎた。
暗殺の対象のみならず、周りの者も、必要もないのに手にかけずにはいられないのだ。
が、里の指導者は、
――確かに、こやつは殺しを愉しむ異様な人間だ。
――しかし、そうでなければ果たせぬ仕事もある。
と、他の者がためらうような残酷な役目を担わせた。
――飯も寝床もあって、好きに人を殺せるなんて……こんなに面白いことはない!
紅蟲は嫌がるどころか、これぞ天職とばかりに、嬉々としてこれを果たしたのである。
やがて、紆余曲折の末、紅蟲は宰相たる〈烙・レツドウ〉の直属の配下となった。
そして銀・タシギという名を授かり、一軍の将となって、血風翼将の異名を取るにいたったのである。
――アタシ、将なんて面倒なんだけど……
と当初は渋った彼女だったが、
――暗殺では名は上がらぬが、戦場で敵を殺せば名は高まる。
――そのうえ、名声を得て多くの兵を率いられるようになれば、さらに多くの者を殺せるだろうよ。
とレツドウに説かれ、しぶしぶながらも将となった。
そして、いざ軍を率いて戦場に立ってみると、
――なるほど、コイツは面白くてたまらない……!
おおっぴらに人を殺せて、しかも恩賞まで手に入るなんて、こんなに結構なことはなかった。
かくして、銀・タシギは思うままに敵を殺し、ことのついでに非戦闘員も好き放題に手にかけ、存分に愉しんできたのである。
そして、今……
【 タシギの成れの果て 】
『……グウッ……アッ、アァハハッ……ブザマ……だなァ……!!』
血まみれになって倒れ伏した閃・カズサを踏みつけながら、あざ笑う。
【 カズサ 】
「……ぐ……うっ……」
【 ランブ 】
「カズサ殿っ……!」
【 宝玲山の兵 】
「血風翼将だとっ……!? あの悪名高い殺人鬼かっ!」
【 宝玲山の将 】
「待て、その者は、紅雪華殿に討たれたはずではっ……!?」
【 ランブ 】
「――――っ」
斧を構えながら、ランブは考える――
【 ランブ 】
(どういうことだっ? 先ほど、カズサ殿の刃は、相手の身体に届いていたはず……!)
だが、倒れたのはカズサの方であった。
【 屍冥幽姫 】
「う、ううっ……」
【 ランブ 】
「屍冥幽姫殿っ、あれは――いったい、なんだっ?」
【 屍冥幽姫 】
「わ――わかりません、とにかく……普通ではありません……逃げてくださいっ!」
【 ランブ 】
「……そうはいかぬ」
自身だけならまだしも、己には、守るべき人がいる。
【 タシギの成れの果て 】
『……グックク……どうしたァ……コイツを……見殺しに、するのかァ……?』
【 カズサ 】
「う……ぐっ……」
カズサを足蹴にしながら挑発してくる。
【 宝玲山の兵 】
「おのれっ……!」
激した兵のひとりが、槍を手に突進する――
【 ランブ 】
「待て、うかつに――」
【 タシギの成れの果て 】
『…………!』
――ドシュウッ!
【 宝玲山の兵 】
「がぁっ……!?」
悲鳴とともに倒れたのは、やはり兵の方であった。
【 ランブ 】
「…………っ!」
【 タシギの成れの果て 】
『……グッ……ククク……アァッハハァッ……!』
異形の姿になり果てたタシギのおぞましい笑いが響く――
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