◆◆◆◆ 4-1 修練 ◆◆◆◆
■第四幕:
皇帝と宮女が冷汗をもって背を濡らすこと、ならびに官軍は大挙して南征の兵を起こすこと
タイシンがひそかに岳北地方で暗躍しているころ。
帝都〈万寿世春〉の宮城では――
【 ホノカナ 】
「あ、あの……本当にいいんですか?」
地下の隠し部屋にて。
稽古用の竹剣を手にしたホノカナが戸惑いの表情を浮かべていた。
【 ランブ 】
「ああ、これでいい」
そう答えるランブはと見れば、こちらは素手である。
いくら竹製といえども、打たれれば痛みは尋常ではない……はずであるが。
【 ランブ 】
「――遠慮は無用だ。全力で打ってこい」
【 ホノカナ 】
「……っ、わ、わかりましたっ! いきますっ……!」
ようやく腹を決めたホノカナは、柄を両手で握りしめて。
【 ホノカナ 】
「……ええいっ!」
気合を込め、竹剣を振りかぶって、ランブへと打ち込む――
【 ランブ 】
「――――っ」
しかし、ランブは悠然とこれを躱していた。
【 ホノカナ 】
「……あ、あれえっ!?」
的としては大きすぎるランブを相手に空振りしてしまい、思わずつんのめるホノカナ。
【 ランブ 】
「どうした? 当てることもできないのか」
【 ホノカナ 】
「~~っ、こっ、このおっ……!」
さすがに羞恥をおぼえ、剣を握り直し、さらに打ち込む――
【 ホノカナ 】
「えええ~いっ!」
……が、やはり、ランブにはかすりもしない。
【 ホノカナ 】
「な、なんで~~っ!?」
【 ランブ 】
「…………」
当惑するばかりのホノカナに、ランブが距離を詰めて――
【 ホノカナ 】
「――ひゃううんっ!?」
額を指で弾かれて、ホノカナはたまらず吹っ飛んだ。
【 ヨスガ 】
「うむ、ひどいありさまだな。見ておれん!」
【 ホノカナ 】
「ううう……も、申し訳ありませ~ん……あっ、ありがとうございます……」
【 ランブ 】
「怪我はないか?」
【 ホノカナ 】
「は、はいい……」
ランブに手を借りて、埃まみれになって立ち上がるホノカナ。
豪快に倒れたわりには、さほどこたえた様子もない。
【 ランブ 】
(受け身は達者とみえる)
【 ホノカナ 】
「ううっ……ど、どうして、当たらないんでしょうか……?」
【 ランブ 】
「……まずは、目をつむって剣を振るのはやめるべきだな」
【 ホノカナ 】
「あっ」
根本的な問題であった。
【 ヨスガ 】
「まあ仕方ない、人には向き不向きというものがあるからの」
【 ミズキ 】
「おおむね予想通りではありますが……そう思われるのなら、姉たるヨスガさまが妹君に手本を見せてさしあげては?」
【 ヨスガ 】
「……だから、人には向き不向きがあると言っておろうが!」
【 ミズキ 】
「――とはいうものの」
ランブに代わって、ミズキが指南役を買って出た。
【 ミズキ 】
「せめて己の身……そしてヨスガさまの身を護るための術は、身に着けてもらわねば困ります」
【 ホノカナ 】
「は、はいいっ……えっと、素振りとかすればいいんでしょうかっ?」
【 ミズキ 】
「ひとまず、剣は諦めなさい」
【 ホノカナ 】
「……あっ、はい」
【 ミズキ 】
「それより――あそこに花がありますね」
【 ホノカナ 】
「えっ? あっ、はい……」
花が差してある花瓶を見つめながら、ミズキが髪をかきあげる――
【 ホノカナ 】
「――ああっ!?」
その瞬間、花はたちまち千切れ飛んでいた。
【 ホノカナ 】
「い、今のって……」
そういえば先日、ミズキが路地裏で無頼漢たちを蹴散らしたのが、この技であった。
【 ホノカナ 】
「えっと、もしかして、方術……とか?」
【 ミズキ 】
「いいえ。方術を使うためには、特別な才が必要ですが……これは、鍛錬さえすれば誰でも使えるたぐいのものです」
【 ミズキ 】
「ホノカナ、あなたには、これを使えるようになってもらいます」
【 ホノカナ 】
「え、ええっと……こうですか? こう……?」
必死に髪をかきあげてみるが、もとよりなんの効果もない。
【 ミズキ 】
「髪に触るのは、ただのまやかしです。髪に相手の注意を向けさせたうえで、空いた手を使うのです」
【 ホノカナ 】
「な、なる、ほど……???」
【 ヨスガ 】
「……あやつ、ものになると思うか?」
ミズキからの指南に四苦八苦しているホノカナを遠目に見やりつつ、ヨスガがつぶやく。
【 ランブ 】
「なってもらわねば、困るのでは?」
【 ヨスガ 】
「それはそうだ。いざというとき、我を護れぬようではな」
【 ランブ 】
「…………」
【 ヨスガ 】
「……なんだ? 言いたいことがあるなら言うがいい」
【 ランブ 】
「いえ……」
【 ランブ 】
「陛下の身は、必ずや私がお守りいたします」
【 ヨスガ 】
「うむ、それは心配しておらぬが……しかし、卿がつねに身近におるとは限らぬゆえな」
【 ランブ 】
「……それゆえに、彼女が必要であると?」
【 ヨスガ 】
「そう、つまりはそういうことよ」
【 ランブ 】
(――そればかりではあるまい)
と、ランブは思ったが、口には出さなかった。
【 ランブ 】
「では――陛下」
【 ヨスガ 】
「……んん? なぜ、我に竹剣を渡す?」
【 ランブ 】
「ご自分の身も、守れるに越したことはありますまい」
【 ヨスガ 】
「……い、いや、それはだな……」
【 ランブ 】
「身をもって妹を導くのも、姉のつとめであろうかと存じますが」
【 ヨスガ 】
「うぬ、それは……卿も、ミズキに毒されてきおったな……!」
……その後しばし、地下室に義姉妹の苦悶の声が響くこととはなった――
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