◆◆◆◆ 9-70 鶴風の戦い(19) ◆◆◆◆
【 タシギ 】
「な――なんだッ……その女ッ……?」
悪寒が走り、思わず身構える。
目が覚めるほど美しい女だが……それ以上に、妖しい気をまとっている。
【 タシギ 】
(まるで、気配を感じなかったッ……!)
忍びの術にも長けたタシギに気づかれないとは、只者ではあろうはずがない。
【 グンム 】
「用があるのは私ではなく、彼女のほうだ。アイリ――」
【 アイリ 】
「…………」
アイリと呼ばれた女はグンムに小さく頷くと、ゆらりと歩み出た。
【 タシギ 】
「――――ッ」
寝台で身を起こしたタシギの顔を、じっと覗き込む。
【 アイリ 】
「…………」
【 タシギ 】
「……う、ぐッ……」
目を逸らそうにも、女の顔から視線を外せない。
それどころか、身体じゅうがこわばってしまっている……
【 タシギ 】
(なんだ……これはッ……!?)
【 グンム 】
「どうだ? アイリ」
【 アイリ 】
「はい……問題、ありません……とても、素質があります――」
そう言って、女は懐からなにかを取り出した。
それは、鈍く光る珠。
【 アイリ 】
「――貴方は、力を欲している……ならば、授けてあげましょう――」
【 タシギ 】
「…………ッ」
【 アイリ 】
「復讐を果たし……そして、すべてを己の意のままにする力……欲しくは……ありませんか――」
【 タシギ 】
(……ッ、コイツは……)
危険だ、とタシギの直感が告げている。
だが、同時に……
【 タシギ 】
「――ッ、なんだか、知らないが……」
【 タシギ 】
「力をくれるっていうなら……貰ってやるよッ!」
この期に及んで、手段など選んでいられるはずもない。
代償など考えず、タシギは頷いた。
【 アイリ 】
「――いいでしょう。ならば――」
女の手の上の珠が、妖しい光を放つ――
【 タシギ 】
「…………ッ!」
その光に魅入られた刹那、タシギの左眼に焼けるような痛みが走る。
ジュウウウッ……!
【 タシギ 】
「ぎゃあああッ!? ぐ、がッ……あぁああああッ……!」
【 アイリ 】
「…………」
女が、珠をタシギの左眼に押しつけていた。
痛みに顔をそむけようにも、指一本、ぴくりとも動かせない。
【 タシギ 】
「ぎッ……ぐぅッ! ぐ、アッ、アアアァッ……!」
……そして、しばしの苦悶の末に。
【 タシギ 】
「……はァッ、はァアッ……!」
ようやく解放され、荒い息をつく。
【 タシギ 】
「うっ……み――見えるッ……?」
視界が、広がっていた。
失われた左眼の視力が、戻っている――否、むしろ以前よりもよく見えるようになった気すらする。
【 グンム 】
「――ふだんは、隠しておいたほうがいいだろうな」
と、グンムが銅鏡を拾い、差し出してくる。
【 タシギ 】
「…………ッ!」
左の眼窩には、左目の代わりに先ほどの珠が嵌っている。
【 アイリ 】
「その、力で……グンムさまの、ために――働きなさい」
【 アイリ 】
「グンムさまの敵を殺しなさい。
赤子も老人も戮しなさい。
ひとり残らず、鏖しなさい――」
可憐な声で、女は恐ろしい言葉を囁く。
【 タシギ 】
「――ク、ク、クククッ……」
【 タシギ 】
「いいさ……やってやるよッ……!」
――そして、今。
【 タシギ 】
「くたばりやがれッ!」
【 ミズキ 】
「――――ッ!」
――ヒュバッ! ビュンッ!
【 ミズキ 】
(速いっ……!)
先ほどまでとは段違いに鋭い太刀筋が、ミズキを襲う。
両目が使えることで、距離感が変わった……というだけではなさそうだ。
【 ミズキ 】
(あの妖眼……肉体を強化する効果も?)
【 タシギ 】
「ちょこまか逃げ回るだけかァッ? 〈天下七剣〉の名が泣くだろうぜッ……!」
【 ミズキ 】
「あいにく、得体のしれない相手と正面からやりあうような蛮勇は、持ち合わせておりませんので――」
などと返しつつも、ミズキは機をうかがっている。
【 ミズキ 】
(妖魔のたぐいであれば、心臓を破壊すればいい……しかし、今の彼女は――)
妖魔ではないが、もはや人でもなし……といった状態にあるようだ。
かの催命翔鬼も、似たような存在なのかもしれない。
【 ミズキ 】
(限りなく不死身……なのだとすれば、それは――)
【 ミズキ 】
(――ちょうど、よかった)
ミズキは、薄く笑った。
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