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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
370/421

◆◆◆◆ 9-70 鶴風の戦い(19) ◆◆◆◆

【 タシギ 】

「な――なんだッ……その女ッ……?」


 悪寒おかんが走り、思わず身構える。

 目が覚めるほど美しい女だが……それ以上に、妖しい気をまとっている。


【 タシギ 】

(まるで、気配を感じなかったッ……!)


 忍びの術にも長けたタシギに気づかれないとは、只者ではあろうはずがない。


【 グンム 】

「用があるのは私ではなく、彼女のほうだ。アイリ――」


【 アイリ 】

「…………」


 アイリと呼ばれた女はグンムに小さく頷くと、ゆらりと歩み出た。


【 タシギ 】

「――――ッ」


 寝台で身を起こしたタシギの顔を、じっと覗き込む。


【 アイリ 】

「…………」


【 タシギ 】

「……う、ぐッ……」


 目を逸らそうにも、女の顔から視線を外せない。

 それどころか、身体じゅうがこわばってしまっている……


【 タシギ 】

(なんだ……これはッ……!?)


【 グンム 】

「どうだ? アイリ」


【 アイリ 】

「はい……問題、ありません……とても、素質があります――」


 そう言って、女は懐からなにかを取り出した。

 それは、鈍く光るたま


【 アイリ 】

「――貴方は、力を欲している……ならば、授けてあげましょう――」


【 タシギ 】

「…………ッ」


【 アイリ 】

「復讐を果たし……そして、すべてを己の意のままにする力……欲しくは……ありませんか――」


【 タシギ 】

(……ッ、コイツは……)


 危険だ、とタシギの直感が告げている。

 だが、同時に……


【 タシギ 】

「――ッ、なんだか、知らないが……」


【 タシギ 】

「力をくれるっていうなら……貰ってやるよッ!」


 この期に及んで、手段など選んでいられるはずもない。

 代償など考えず、タシギは頷いた。


【 アイリ 】

「――いいでしょう。ならば――」


 女の手の上の珠が、妖しい光を放つ――


【 タシギ 】

「…………ッ!」


 その光に魅入られた刹那せつな、タシギの左眼に焼けるような痛みが走る。


 ジュウウウッ……!


【 タシギ 】

「ぎゃあああッ!? ぐ、がッ……あぁああああッ……!」


【 アイリ 】

「…………」


 女が、珠をタシギの左眼に押しつけていた。

 痛みに顔をそむけようにも、指一本、ぴくりとも動かせない。


【 タシギ 】

「ぎッ……ぐぅッ! ぐ、アッ、アアアァッ……!」


 ……そして、しばしの苦悶の末に。


【 タシギ 】

「……はァッ、はァアッ……!」


 ようやく解放され、荒い息をつく。


【 タシギ 】

「うっ……み――見えるッ……?」


 視界が、広がっていた。

 失われた左眼の視力が、戻っている――否、むしろ以前よりもよく見えるようになった気すらする。


【 グンム 】

「――ふだんは、隠しておいたほうがいいだろうな」


 と、グンムが銅鏡を拾い、差し出してくる。


【 タシギ 】

「…………ッ!」


 左の眼窩がんかには、左目の代わりに先ほどの珠がはまっている。


【 アイリ 】

「その、力で……グンムさまの、ために――働きなさい」


【 アイリ 】

「グンムさまの敵を殺しなさい。

 赤子も老人もころしなさい。

 ひとり残らず、ころしなさい――」


 可憐な声で、女は恐ろしい言葉を囁く。


【 タシギ 】

「――ク、ク、クククッ……」


【 タシギ 】

「いいさ……やってやるよッ……!」




 ――そして、今。


【 タシギ 】

「くたばりやがれッ!」


【 ミズキ 】

「――――ッ!」


 ――ヒュバッ! ビュンッ!


【 ミズキ 】

(速いっ……!)


 先ほどまでとは段違いに鋭い太刀筋が、ミズキを襲う。

 両目が使えることで、距離感が変わった……というだけではなさそうだ。


【 ミズキ 】

(あの妖眼ようがん……肉体を強化する効果も?)


【 タシギ 】

「ちょこまか逃げ回るだけかァッ? 〈天下七剣てんかしちけん〉の名が泣くだろうぜッ……!」


【 ミズキ 】

「あいにく、得体のしれない相手と正面からやりあうような蛮勇は、持ち合わせておりませんので――」


 などと返しつつも、ミズキは機をうかがっている。


【 ミズキ 】

妖魔ばけもののたぐいであれば、心臓を破壊すればいい……しかし、今の彼女は――)


 妖魔ではないが、もはや人でもなし……といった状態にあるようだ。

 かの催命翔鬼さいめいしょうきも、似たような存在なのかもしれない。


【 ミズキ 】

(限りなく不死身……なのだとすれば、それは――)


【 ミズキ 】

(――ちょうど、よかった)


 ミズキは、薄く笑った。

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