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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
37/421

◆◆◆◆ 3-12 使命 ◆◆◆◆

 さて、邪法だの方術だの、ややこしいことになってきた。

 このあたりで少し、神秘の世界について語っておくことにしよう。


 人間たちが生を営む世界とは別に、神仙たちの世界というものがある。

 彼らは〈三霊山さんれいざん〉――すなわち真霊峰しんれいほう幽聖岳ゆうせいがく大仙山だいせんざんと呼ばれる、常人では踏み入ることもできない僻遠へきえんの聖地に住まい、修行や研究の日々を送っている。

 神仙は不老不死にして、大いなる仙術(方術)を操り、時に天を揺らし、地を裂くほどの奇跡すら起こすこともある。


 そんな神仙の用いる仙術を正法とすれば、邪法と呼ばれる術もある。

 これらは外道に堕ちた神仙の用いるものであって、異端として忌避されているものだった。


 絶大な力を持つがゆえに、神仙が地上の人間世界に干渉することは――とりわけ近年においては――きわめてまれである。

 ゆえにある日、師に呼び出されたヘキ・サノウは、大いに当惑することとなった……



【 サノウ 】

「お、お呼びでしょうか、師父しふ――?」


 幽聖岳にいくつかある仙洞のひとつにて、サノウは師と対座していた。


【 少女 】

「――&Rあ%凸話ss……E@◆xx――」


【 サノウ 】

「? ちょ、ちょっと師父……なにを、お、仰ってるか、全然、わからないんですけど……」


【 少女 】

「……? @ー@ー……ゴホン、悪ぃ悪ぃ、ちょいとアレだ、アッチの世界に繋がッちまってたみてぇだぜ」


 そう言いながら頭を振っているのが、サノウの師・〈流渦深仙りゅうかしんせん〉にほかならない。

 サノウはまだ道士の身だが、こちらは正真正銘、不老不死の神仙である。

 もっとも、


【 サノウ 】

(――とても、そうは見えないけどなぁ)


 そう、超常の力を持つはずの神仙であるが、外見はいたいけな小娘なのである。

 獣めいた耳や尻尾が生えていたりと、人間離れしたところはあるけれども。

 しかしこう見えて、その仙力は途方もないものである……らしい。


【 流渦深仙 】

「ンで、修行のほうはどうなんだてめェ? ちっとは気合が入ってきたのかよ」


【 サノウ 】

「え、えへへ、ま、まぁ~、その、ぼちぼちってところですかねぇ~……?」


【 流渦深仙 】

「ふン、あいかわらず張り合いのねえ野郎だ。来る日も来る日も、仙薬の研究ってか?」


【 サノウ 】

「はい、それはもう! いやぁ~っ、本草学ほんぞうがくはね、これがまた奥が深いんですよぉ! 研究すればするほど、わからないことが増えてくる一方でしてぇ!」

 *本草学……ここでは仙薬を研究する学問を指す。


【 流渦深仙 】

「あァもううるせェな、好きなこと話すときだけ雄弁になりやがって。そんなモンな、てめェに言われるまでもねェっての。こちとら何千年生きてると思ってるンだ?」


【 サノウ 】

「す、すみません、つい……えへへ……」


【 流渦深仙 】

「やれやれ……まぁ、シュレイのやつみたいに、生き急ぎすぎるのも考えモンだがな」


【 サノウ 】

「ああ~、ガク師兄、な、懐かしいですねぇ……元気にやってるかなぁ?」


【 流渦深仙 】

「おいおい、人の心配をしてる場合じゃあねェぞ」


【 サノウ 】

「えっ? そ、それってどういう……?」


【 流渦深仙 】

「てめェも山を下りろってンだよ」


【 サノウ 】

「ええっ!? も、も、もしかしてボク、破門クビってことですかぁっ……!?」


 さしものサノウも色を失う。


【 流渦深仙 】

「ま、そう言いてェのはやまやまだが、そうじゃあねェ。つまりだな――」




【 サノウ 】

「……『今、下界は乱れつつあるゆえ、天資を持つ者を探して力を貸し、共に世を正せ』……みたいなことを、い、言われまして、山を下ろされた……ってワケです。くふふ……」


 グンムの邸にて。

 サノウはシュレイらを相手に、ことの次第を語っていた。


【 シュレイ 】

「相変わらず、ざっくりとした御方だな……」


【 タイシン 】

「幽聖岳の神仙、〈流渦深仙りゅうかしんせん〉さま……〈三十六奇仙さんじゅうろくきせん〉のひとりに数えられる御方ですね」


【 シュレイ 】

「おお、さすがによくご存じで――」


【 ユイ 】

「(姐さん、その三十六奇仙って……?)」


 ユイが小声で尋ねる。


【 タイシン 】

「(現世に残る代表的な神仙たちだよ。もっとも、実際にはそんなに大勢は残っていないという話もあるがね)」


【 ユイ 】

「(ははぁ……宮廷に巣くってる十二佳仙なんぞとは大違いで?)」


【 タイシン 】

「(そういうことだ。そもそもアレは、三十六奇仙になぞらえたものさ)」


【 シュレイ 】

「するともしや、先ほど手にしていた盃は……」


【 サノウ 】

「ええ、か、〈甘露盃かんろはい〉ですよ。『お前には上等すぎるが、護身用にいいだろうよ』ってことで……」


 サノウが懐から取り出したのは、先ほどアイリの邪法を破った宝器であった。

 一見すると、ただの美しい盃のようであるが……


【 タイシン 】

「おお、これは……!」


 タイシンがいつになく目を輝かせ、盃に見入っている。


【 タイシン 】

「流渦深仙さま秘蔵の宝器、甘露盃! 清浄なる甘露水を無限に生み出し、あらゆる邪悪を浄めるとか……!」


【 サノウ 】

「……う、売ったりしないよ? そもそも、仙才がない人間には扱えないし……」


 商人の熱視線から隠すように、秘宝を懐に隠すサノウ。


【 タイシン 】

「……いやいや、さすがに我らショウ家の者も、神仙の祭器は扱えませぬ。ただただ、眼福にございました」


【 シュレイ 】

「――ともあれ、こうして再会できたのもそれこそ奇縁というもの。とくに目的地がないのであれば、しばしこちらに滞在しては?」


【 サノウ 】

「う~ん、そ、そうですねぇ……それも結構ですけど、さっきの女のことがちょっと気にかかるなぁ」


【 シュレイ 】

「……アイリ殿のことだな」


 アイリと呼ばれた女は、元いた場所に戻されていた。


【 サノウ 】

「そ、その通り! か、仮にも正法を学ぶ者として、左道の邪法をもてあそぶ輩を放置するわけにはいきません……」


【 サノウ 】

「そ、それに、邪法の徒なら、仙薬の実験台にしても、構わないでしょう? ふ、ふふふふ……」


 どうも、付け加えた言葉のほうが本音のようであった。


【 サノウ 】

「が、ガク師兄こそ、なぜ見過ごしてるんです?」


【 シュレイ 】

「それは――」


【 グンム 】

「そのことについては、私からご説明しましょう」


 と、グンム。


【 グンム 】

「あの者と私は、ゆえあって知り合い、縁を結びました」


【 グンム 】

「あのとおり、邪法の使い手ではありますが、ふだんはいたっておとなしく、他者を傷つけたりはいたしません。しかし、今宵は……」


【 タイシン 】

「――我らがぶしつけにも、彼女を刺激したがために、このような騒ぎになった次第……」


 と、タイシンが口添えする。


【 タイシン 】

「私からもお願い申し上げます。なにとぞ、ご寛恕たまわりますよう」


【 シュレイ 】

「師弟、お願いする。このとおりだ」


【 サノウ 】

「う~ん、わ、わかりましたよ。師兄から頼まれちゃ、断れないし……も、もったいないですけど」


【 グンム 】

「かたじけない――その代わり、できうる限りおもてなしさせていただきますので」


【 サノウ 】

「ま、まぁたしかに、天下を正す人間とか言われても、さっぱり見当もつかないし……し、しばらく、厄介になりますよ……くふふっ……」


 ともあれこうして……

 方士サノウは、グンムの邑に草鞋わらじを脱ぐことになったのである。

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