◆◆◆◆ 3-12 使命 ◆◆◆◆
さて、邪法だの方術だの、ややこしいことになってきた。
このあたりで少し、神秘の世界について語っておくことにしよう。
人間たちが生を営む世界とは別に、神仙たちの世界というものがある。
彼らは〈三霊山〉――すなわち真霊峰・幽聖岳・大仙山と呼ばれる、常人では踏み入ることもできない僻遠の聖地に住まい、修行や研究の日々を送っている。
神仙は不老不死にして、大いなる仙術(方術)を操り、時に天を揺らし、地を裂くほどの奇跡すら起こすこともある。
そんな神仙の用いる仙術を正法とすれば、邪法と呼ばれる術もある。
これらは外道に堕ちた神仙の用いるものであって、異端として忌避されているものだった。
絶大な力を持つがゆえに、神仙が地上の人間世界に干渉することは――とりわけ近年においては――きわめてまれである。
ゆえにある日、師に呼び出された碧・サノウは、大いに当惑することとなった……
【 サノウ 】
「お、お呼びでしょうか、師父――?」
幽聖岳にいくつかある仙洞のひとつにて、サノウは師と対座していた。
【 少女 】
「――&Rあ%凸話ss……E@◆xx――」
【 サノウ 】
「? ちょ、ちょっと師父……なにを、お、仰ってるか、全然、わからないんですけど……」
【 少女 】
「……? @ー@ー……ゴホン、悪ぃ悪ぃ、ちょいとアレだ、アッチの世界に繋がッちまってたみてぇだぜ」
そう言いながら頭を振っているのが、サノウの師・〈流渦深仙〉にほかならない。
サノウはまだ道士の身だが、こちらは正真正銘、不老不死の神仙である。
もっとも、
【 サノウ 】
(――とても、そうは見えないけどなぁ)
そう、超常の力を持つはずの神仙であるが、外見はいたいけな小娘なのである。
獣めいた耳や尻尾が生えていたりと、人間離れしたところはあるけれども。
しかしこう見えて、その仙力は途方もないものである……らしい。
【 流渦深仙 】
「ンで、修行のほうはどうなんだてめェ? ちっとは気合が入ってきたのかよ」
【 サノウ 】
「え、えへへ、ま、まぁ~、その、ぼちぼちってところですかねぇ~……?」
【 流渦深仙 】
「ふン、あいかわらず張り合いのねえ野郎だ。来る日も来る日も、仙薬の研究ってか?」
【 サノウ 】
「はい、それはもう! いやぁ~っ、本草学はね、これがまた奥が深いんですよぉ! 研究すればするほど、わからないことが増えてくる一方でしてぇ!」
*本草学……ここでは仙薬を研究する学問を指す。
【 流渦深仙 】
「あァもううるせェな、好きなこと話すときだけ雄弁になりやがって。そんなモンな、てめェに言われるまでもねェっての。こちとら何千年生きてると思ってるンだ?」
【 サノウ 】
「す、すみません、つい……えへへ……」
【 流渦深仙 】
「やれやれ……まぁ、シュレイのやつみたいに、生き急ぎすぎるのも考えモンだがな」
【 サノウ 】
「ああ~、楽師兄、な、懐かしいですねぇ……元気にやってるかなぁ?」
【 流渦深仙 】
「おいおい、人の心配をしてる場合じゃあねェぞ」
【 サノウ 】
「えっ? そ、それってどういう……?」
【 流渦深仙 】
「てめェも山を下りろってンだよ」
【 サノウ 】
「ええっ!? も、も、もしかしてボク、破門ってことですかぁっ……!?」
さしものサノウも色を失う。
【 流渦深仙 】
「ま、そう言いてェのはやまやまだが、そうじゃあねェ。つまりだな――」
【 サノウ 】
「……『今、下界は乱れつつあるゆえ、天資を持つ者を探して力を貸し、共に世を正せ』……みたいなことを、い、言われまして、山を下ろされた……ってワケです。くふふ……」
グンムの邸にて。
サノウはシュレイらを相手に、ことの次第を語っていた。
【 シュレイ 】
「相変わらず、ざっくりとした御方だな……」
【 タイシン 】
「幽聖岳の神仙、〈流渦深仙〉さま……〈三十六奇仙〉のひとりに数えられる御方ですね」
【 シュレイ 】
「おお、さすがによくご存じで――」
【 ユイ 】
「(姐さん、その三十六奇仙って……?)」
ユイが小声で尋ねる。
【 タイシン 】
「(現世に残る代表的な神仙たちだよ。もっとも、実際にはそんなに大勢は残っていないという話もあるがね)」
【 ユイ 】
「(ははぁ……宮廷に巣くってる十二佳仙なんぞとは大違いで?)」
【 タイシン 】
「(そういうことだ。そもそもアレは、三十六奇仙になぞらえたものさ)」
【 シュレイ 】
「するともしや、先ほど手にしていた盃は……」
【 サノウ 】
「ええ、か、〈甘露盃〉ですよ。『お前には上等すぎるが、護身用にいいだろうよ』ってことで……」
サノウが懐から取り出したのは、先ほどアイリの邪法を破った宝器であった。
一見すると、ただの美しい盃のようであるが……
【 タイシン 】
「おお、これは……!」
タイシンがいつになく目を輝かせ、盃に見入っている。
【 タイシン 】
「流渦深仙さま秘蔵の宝器、甘露盃! 清浄なる甘露水を無限に生み出し、あらゆる邪悪を浄めるとか……!」
【 サノウ 】
「……う、売ったりしないよ? そもそも、仙才がない人間には扱えないし……」
商人の熱視線から隠すように、秘宝を懐に隠すサノウ。
【 タイシン 】
「……いやいや、さすがに我ら焦家の者も、神仙の祭器は扱えませぬ。ただただ、眼福にございました」
【 シュレイ 】
「――ともあれ、こうして再会できたのもそれこそ奇縁というもの。とくに目的地がないのであれば、しばしこちらに滞在しては?」
【 サノウ 】
「う~ん、そ、そうですねぇ……それも結構ですけど、さっきの女のことがちょっと気にかかるなぁ」
【 シュレイ 】
「……アイリ殿のことだな」
アイリと呼ばれた女は、元いた場所に戻されていた。
【 サノウ 】
「そ、その通り! か、仮にも正法を学ぶ者として、左道の邪法を弄ぶ輩を放置するわけにはいきません……」
【 サノウ 】
「そ、それに、邪法の徒なら、仙薬の実験台にしても、構わないでしょう? ふ、ふふふふ……」
どうも、付け加えた言葉のほうが本音のようであった。
【 サノウ 】
「が、楽師兄こそ、なぜ見過ごしてるんです?」
【 シュレイ 】
「それは――」
【 グンム 】
「そのことについては、私からご説明しましょう」
と、グンム。
【 グンム 】
「あの者と私は、ゆえあって知り合い、縁を結びました」
【 グンム 】
「あのとおり、邪法の使い手ではありますが、ふだんはいたっておとなしく、他者を傷つけたりはいたしません。しかし、今宵は……」
【 タイシン 】
「――我らがぶしつけにも、彼女を刺激したがために、このような騒ぎになった次第……」
と、タイシンが口添えする。
【 タイシン 】
「私からもお願い申し上げます。なにとぞ、ご寛恕たまわりますよう」
【 シュレイ 】
「師弟、お願いする。このとおりだ」
【 サノウ 】
「う~ん、わ、わかりましたよ。師兄から頼まれちゃ、断れないし……も、もったいないですけど」
【 グンム 】
「かたじけない――その代わり、できうる限りおもてなしさせていただきますので」
【 サノウ 】
「ま、まぁたしかに、天下を正す人間とか言われても、さっぱり見当もつかないし……し、しばらく、厄介になりますよ……くふふっ……」
ともあれこうして……
方士サノウは、グンムの邑に草鞋を脱ぐことになったのである。
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