◆◆◆◆ 9-69 鶴風の戦い(18) ◆◆◆◆
【 タシギ 】
「ククッ……アッハハハッ! コイツはッ……なかなかだッ!」
ミズキの放った一撃で致命傷を負ったタシギであったが、その異形の左目が輝くや、たちまち回復した。
【 ミズキ 】
「――――ッ」
【 タシギ 】
「ククッ、残念だったなァッ! 驚いて声も出ねェってかッ!」
【 ミズキ 】
「――そうでもありませんよ」
ただの強がり……と、いうわけでもない。
ミズキは、〈燎氏の変〉においては妖魔〈千眼万笑〉と相対し、その後には自称・死神〈催命翔鬼〉と手を合わせてきた。
【 ミズキ 】
(こういった人ならざる者と、縁があるとでも――?)
まったく嬉しくもない、奇縁である。
【 ミズキ 】
(この力……方術というより、邪法の類――)
【 ミズキ 】
「なにやら、仕掛けがあるようですが……ならば、回復が間に合わないほどに、切り刻むのみ!」
【 タシギ 】
「ぬッ……!」
ザシュッ! バシュウッ!!
【 タシギ 】
「ぐッ!? がッ……アアッ!」
ミズキが立て続けに放った空刀が、タシギの身体を切り刻み、鮮血をほとばしらせる――が、
【 タシギ 】
「――ぐぉッ! おおおおおッ……!」
タシギの左眼が煌めくや、たちまち負傷が消え失せる。
と、同時に。
【 官軍の兵 】
「……ぎゃっ!?」
ドシャッ!
【 ミズキ 】
「――――っ?」
【 官軍の兵 】
「ぐぇえっ……!」
ドドッ……!
後方から追いかけてきている官軍の騎兵が、苦悶しながら続けざまに落馬していった。
【 ミズキ 】
「――――っ! もしや、その左眼の力っ……」
【 タシギ 】
「アッハハッ! アタシの身代わりになれるんだ、アイツらもさぞかし嬉しいだろうよッ……!」
【 ミズキ 】
「……そういうことですか。趣味の悪い仕掛けですね」
【 ミズキ 】
(己が受けた傷を、他人に移す――といったところか?)
だとすればしかし、当のミズキに返さないのは不自然である。
あるいは、傷を与えた本人には返せない……という縛りがあるのかもしれない。
また、ヨスガ側の兵を身代わりにはできないようだ。
【 ミズキ 】
(あらかじめ、仕込んでおかねば使えない……か)
どうあれ、厄介なことには違いない。
【 ミズキ 】
(このような力……いったい、どこで――?)
――これより、数日前。
【 タシギ 】
「……ぐッ、うッ……うううううッ……!」
幕舎の中で、タシギは煩悶していた。
【 タシギ 】
「おのれッ……おのれえええッ……!」
銅鏡で己の顔を眺め、唸り声をあげる。
左眼は光を失い、鼻から下は傷だらけで、かつての面影はない。
【 タシギ 】
「――クソがッ……!」
銅鏡を放り捨て、寝台に突っ伏す。
【 タシギ 】
(不覚を……取ったッ……!)
方士〈雲竜飛聖〉碧・サノウが持つ祭器〈甘露盃〉の力で、傷口はふさがった。
しかし、さしもの甘露盃とても、失われた視力や傷跡を癒すほどの力はない。
【 タシギ 】
「……うぐッ……うううッ!」
片目を失えば、距離感を掴むことが困難となる。
力自慢の豪傑ならまだしも、彼女のように機敏さを生かす剣士にとっては、致命的だった。
【 タシギ 】
「クソがッ……! あのクソ医者ッ……クソ天子がッ……この恨み……必ずッ……!」
彼女の憎悪の対象は、仇であるゼンキョクのみならず、彼女の主である皇帝ヨスガにも向けられていた。
【 ???? 】
「――荒れているな、タシギ卿」
【 タシギ 】
「っ! アンタ……」
幕舎へ入ってきたのは、この軍の最高司令官たる嶺・グンム。
【 タシギ 】
「……フン、アタシを罰しに来たのかッ……?」
【 グンム 】
「そうではない。本来なら軍規違反だが、今回の一件、咎は楽老師にあるのでな」
【 タシギ 】
「だったら、笑いに来たのかよッ? ザマぁないってなァ……!」
【 グンム 】
「私はそんなにヒマではないさ。もちろん、見舞いに来たわけでもない」
【 タシギ 】
「はァ? だったらいったい、なにしに――」
と、タシギが顔を上げて、グンムを見ると。
【 タシギ 】
「…………ッ!」
【 ???? 】
「――――」
グンムの背後に、影のように寄り添う姿があった。
鮮血のように紅い瞳が爛爛と輝き、タシギを見つめている――
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