◆◆◆◆ 9-60 鶴風の戦い(9) ◆◆◆◆
ドドッ……ドドドッ……!
地を揺らすグンムの本軍が、帝都〈万寿世春〉の目前にまで迫っている。
鶴風城に約三万、凍公堰方面に約二万の兵を差し向けた。
それでもなお、本軍には十万ほどの兵があり、みやこを包囲するには十分なものだった。
【 ダンテツ 】
「将軍、いかがなさいます?」
【 グンム 】
「ふむ、そうだな、まずは……」
と、グンムが命を下そうとした矢先、
……ゴゴゴゴ……
帝都の南門が、開きはじめた。
【 ダンテツ 】
「…………! 兵が出てくるのでしょうか?」
【 グンム 】
「む……いや待て、あれは――」
ドン! ドォン、ドォン……!
太鼓の音とともに、門からなにかが出てくる。
それは――
【 官軍の兵 】
「なんだ……投石機かっ?」
【 官軍の兵 】
「いや、ありゃあ……櫓だ!」
【 グンム 】
「――――っ」
門から出てきたのは、巨大な櫓であった。
からくり仕掛けで、みるみるうちに高さを増してゆき、少なく見積もっても十宙丈(約30メートル)にまで達する。
そして、その頂上部分には人影があり――
【 官軍の将 】
「あれは――」
【 官軍の将 】
「ま、まさかっ……!?」
【 ヨスガ 】
「ほほう、なかなかの絶景よな」
【 ミズキ 】
「まことに」
前方に目を向ければ、雲霞のごとき兵士。
*雲霞……雲と霞、ものすごい多さの意。
背後には、広大な帝都の街並みが広がっている。
【 ヨスガ 】
「さて……やるか。準備はいいな?」
【 ミズキ 】
「はい。……こちら、副軍師補佐がこしらえた祭器です」
そう言ってミズキが差し出したのは、皿に乗った生首であった。
もとより作り物ではあるが、あまりいい趣味ではない。
【 ヨスガ 】
「……その見た目、もう少しどうにかならなかったのか?」
その首は、どう見てもギョクレンの師・セイレンそのものだった。
それも、切り落とされたばかりのように、苦悶の表情を浮かべている。
【 ミズキ 】
「さぁ……敬愛する師父を模したかったのではないでしょうか」
【 ヨスガ 】
「……まあよい。使い方は……なになに、このツマミをひねる? ふむ、なるほどな……では――」
【 ヨスガ 】
『――聞こえるか、叛逆者ども! 我こそは、宙王朝の第207代皇帝たる焔・ヨスガである!』
【 官軍の将兵 】
『おおおっ……!?』
櫓の上から鳴り響いた尋常ならざる大声に、将兵がどよめく。
【 官軍の将 】
「あの声はっ……今上の……!」
【 ダンテツ 】
「あれは、いったいっ……」
【 グンム 】
「ふむ……方術の類であろうな。音を増幅させているのだろうよ」
狼狽する周囲をよそに、グンムは落ち着き払っている。
【 ヨスガ 】
『官軍として出兵しながら、今、叛逆者となって帝都を攻めんとするとは、いかなる存念かっ! 恥を知れい!!』
【 官軍の将兵 】
『…………っ』
将兵に、いささか動揺の色が浮かぶ。
いくらグンムから
――これは義軍である。
と説明を受けてはいても、皇帝じきじきの叱声を浴びては、少なからず戸惑わざるをえないであろう。
【 ヨスガ 】
『この上は、我は帝都に籠城し、各地から義勇軍が駆けつけるのを待たんとも考えた――』
【 ヨスガ 】
『――が、しかし、そうすればみやこの民に少なからぬ苦難を味わわせ、多くの犠牲を生むことになるであろう。ゆえに……』
【 ヨスガ 】
『我は――去ることを決めた』
【 ヨスガ 】
『最後に、我が思いの丈を聞くがよい――』
悲壮さのこもった琵琶の音が響く。
そして、朗朗たる歌がそれに続いた。
*朗朗……くもりなく、明らかな意。
――天命、すでに去りて戻らず
――されど恥辱は受けいれ難し
――せめてこの身は煙となりて
――その名を後の世にとどめん
伸びのある美声――それはミズキのものであった――が響く。
思わず将兵が聞きほれた、その直後……
【 ヨスガ 】
『では――さらば!』
――ドオオオオォォォンッ!!
【 官軍の将兵 】
『――――!?』
空をつんざくような轟音とともに、櫓が爆発炎上した――
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