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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
353/421

◆◆◆◆ 9-53 鶴風の戦い(2) ◆◆◆◆

【 シュレイ 】

「…………」


 遠くに聞こえるときの声に、ガク・シュレイは耳をそばだてた。


【 シンセ 】

従兄にい様……もう、戦いは始まっているのでは?」


 簡素な寝台に横たわったガク・シンセが問う。

 先日、ホノカナに斬られて生死の境をさまよった彼女だが、今は回復しつつある。

 それでも大事をとって、静養しているのだった。


【 シュレイ 】

「で、あろうな。だが、私は謹慎中の身だ。なにもできぬさ」


 シンセに飲ませるための薬をはちで混ぜながら、シュレイが答える。

 〈神算朧師しんざんぼうし〉の二つ名で知られる策士たる彼だが、先の一件で謹慎を命じられており、今できるのはこの程度のことであった。


【 シンセ 】

「ですが……」


【 シュレイ 】

「策とか計略といったものは、本来、弱者が用いるものだ」


【 シュレイ 】

「今回でいえば、戦力では圧倒的にレイ将軍が優位……下手な小細工など必要ない。もともと今回、私は出番がなかっただろう」


【 シンセ 】

「策を用いるのは……あちら側、と?」


【 シュレイ 】

「そうなるだろう。今回の戦いはこちらが圧倒的優位といったが、敵方にも逆転の目がないではない。たとえば……」


【 シンセ 】

レイ将軍の暗殺――ですか?」


【 シュレイ 】

「そうだな。それを果たすことができれば、すべてはひっくり返る。この軍は四分五裂となって、この造反劇は終幕となろう」


【 シュレイ 】

「むろん、そうならぬための備えは万全にしてあるが……しかしそれでもなお、暗殺を防ぐのは難しいものだ」


 偉大なる英雄が、ほんの一瞬の隙を衝かれ、刺客の凶刃にたおれた例は、枚挙まいきょにいとまがない。

 *枚挙にいとまがない……多すぎていちいち数えきれない、の意。


【 シュレイ 】

「暗殺は、名もなき人間が歴史を変えてしまう行為……いかに万全な警備を整えようとも、それでも起きてしまうものだ。人間が人間である限りは、な」


 英雄……まして将軍、政治家となれば、他人とかかわらずに生きていくわけにはいかない。

 そして、その中に暗殺者が紛れ込むのを阻止するのは、きわめて困難なことなのである。


【 シュレイ 】

「むしろ、戦後……少し落ち着いてきた頃にこそ、気をつけねばなるまい。刺客の刃は、人の心の隙につけ入り、迫るものだ」


【 シンセ 】

「……もし、帝都の天子が御車みくるまに乗って戦場に現れたなら、いかがでしょう?」

 *御車……皇帝が乗る馬車、戦車の意。


【 シュレイ 】

「皇帝親征か……ありえなくはないが、仮に実現しても、さほどの脅威とはなるまい。今の天子は若く、声望もないからな」


【 シュレイ 】

「はるか昔ならともかく、ただ天子の位にあるというだけで、神のごとく崇められるような時代でもない」


【 シュレイ 】

「……だが万一、コウ太后が戦場に出てきたならば、ちと面倒なことになるだろうな」


【 シンセ 】

「確かに、それは……」


 皇太后であるコウ・ランハの名声はすこぶる高く、地を覆うものがあり、ヨスガとは比較にならない。

 グンムとても、おいそれとは手を出せぬであろう。


【 シュレイ 】

「しかし、それはまずあるまい。病にせっている……というのが事実かどうかはさておき、こうした場面では、決してみずから表には立たぬ御仁だ」


【 シュレイ 】

「ことが終わってから、悠々とお出ましになって、美味しいところだけを味わおうとすることだろうさ」


【 シュレイ 】

雲上人うんじょうびととは、そういう連中だ。旧時代の遺物そのものだな」


 吐き捨てるように言う。


【 シンセ 】

「……従兄にい様ならば、きっと、新たな世を築くことができましょう」


【 シュレイ 】

「……そうありたいものだが。さぁ、できた」


 と、せんじ薬をシンセへと手渡す。


【 シンセ 】

「ありがとうございます。……んっ、んん、少し……苦い、ですね……」


 身体を起こして薬を飲むも、顔をしかめるシンセ。


【 シュレイ 】

「文句は、薬を作ったヘキ師弟していに言ってくれ。……いや、そもそも、私の蒔いた種だ。すまなかった」


 シンセが深手を負ったのは、シュレイの命を受けての結果だった。


【 シンセ 】

「……お気になさらず。私の命は……貴方のためにあるのですから」


【 シュレイ 】

「…………」


 シュレイは無言で、いたわるようにシンセの手のひらを撫でた……

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