◆◆◆◆ 3-10 邪法 ◆◆◆◆
その頃――
タイシンとユイは、邑の城壁を乗り越え、徒歩で駆けていた。
【 ユイ 】
「すみません、姐さんっ……!」
【 タイシン 】
「仕方ないさ。私も、あれほどのものとは思わなかった」
グンムを舞台に上げるための、最後の一押し……
それが、彼が秘匿している“女”だった。
独身のグンムが女を囲っていても、なんの問題もなさそうだが――
【 タイシン 】
「なるほど、“あれ”は、隠し通すしかないな……!」
タイシンに言われたとおり、ユイはひそかにグンムの邸内をさぐり、怪しげな場所を見出した。
いや、そこからはまるでなんの気配も感じなかったのだが、
【 ユイ 】
(――なんにもないってのが、かえって怪しいってもんだ)
そう察して、タイシンに告げると、確証が欲しい……とのことで、共に踏み入ってみたところ……
【 タイシン 】
(あんなものが、隠されてたとはな……!)
そこには厳重に閉じ込められた、何者かがいた。
“それ”は、ユイたちの存在を感知するやいなや、みずから部屋を飛び出し、襲いかかってきたのだ。
かろうじて、その場からは逃げ切ったものの……
【 ユイ 】
「いったいなんなんです、あの女はっ?」
【 タイシン 】
「わからんな。だがおそらく――人ではない」
【 ユイ 】
「…………!」
【 タイシン 】
「近くに舟を手配してある。そこまで逃げ切れれば――」
と、タイシンが言葉を切った。
【 タイシン 】
「――しかし、そうもいかないようだ」
【 ユイ 】
「…………っ!」
――――ごうっ。
頭上から、青白い火の玉のようなものが降ってきたかと思うと、眼前でゆらめきながら人の形を為していった。
【 アイリ 】
「――私、と――グンムさまを――邪魔する、者は――」
【 ユイ 】
「こいつっ……妖魔……!?」
【 タイシン 】
「いや、これはっ……」
【 アイリ 】
「――いなく、なれ――」
【 アイリ 】
「――――“戛”!」
甲高い咆哮とともに、女の背から無数の剣が飛び出し、ふたりに殺到する――――
【 ユイ 】
「――――っ! やらせる……かっ!」
ユイは縦横無尽に刀を振るい、タイシンをかばいながら、次々と飛来する剣を切り払う。
【 タイシン 】
「これは〈乱雨百剣〉の邪法――左道の術師か」
などと、解説する余裕はあるタイシンだった。
【 ユイ 】
「姐さんっ……! こいつは……やべぇっ! なんとか、あんただけでも……!」
【 タイシン 】
「天下の〈風雲忍侠〉にしては、諦めが早過ぎるのではないかな?」
【 ユイ 】
「そうは、言うがねっ……!」
いかなる使い手でも、この文字通りの剣の雨を切り抜けるのは至難のわざであった。
【 アイリ 】
「――私は――私たちは――ただ、静かに暮らしたいだけなのに……!」
そして、ふたたび、妖女が術を繰り出さんとする――
【 ユイ 】
「――――ッ」
【 タイシン 】
(こうなったら――)
奥の手を出すしかないか、とユイが腹を決めた矢先のこと。
【 ???? 】
「――――“律”!」
突然、声がかかるや否や、突如、ぱらぱらと小雨が降ってきた。
すると、邪法の剣がことごとく落ち、雲散霧消していったのだった。
【 ユイ 】
「こいつはっ……!?」
いったい何事かと見れば、
【 ???? 】
「――ふ、ふふ、ふふふっ……」
一陣の風とともに姿を現したのは、ひとりの若者であった。
【 若い男 】
「お、〈幽聖岳〉を下りるなり、こんなところに出くわすとは……命数っていうのは、なんとも奇々怪々なもの――」
ブックマーク、ご感想、ご評価いただけると嬉しいです!




