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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
35/421

◆◆◆◆ 3-10 邪法 ◆◆◆◆

 その頃――

 タイシンとユイは、邑の城壁を乗り越え、徒歩で駆けていた。


【 ユイ 】

「すみません、姐さんっ……!」


【 タイシン 】

「仕方ないさ。私も、あれほどのものとは思わなかった」


 グンムを舞台に上げるための、最後の一押し……

 それが、彼が秘匿している“女”だった。

 独身のグンムが女を囲っていても、なんの問題もなさそうだが――


【 タイシン 】

「なるほど、“あれ”は、隠し通すしかないな……!」


 タイシンに言われたとおり、ユイはひそかにグンムの邸内をさぐり、怪しげな場所を見出した。

 いや、そこからはまるでなんの気配も感じなかったのだが、


【 ユイ 】

(――なんにもないってのが、かえって怪しいってもんだ)


 そう察して、タイシンに告げると、確証が欲しい……とのことで、共に踏み入ってみたところ……


【 タイシン 】

(あんなものが、隠されてたとはな……!)


 そこには厳重に閉じ込められた、何者かがいた。

 “それ”は、ユイたちの存在を感知するやいなや、みずから部屋を飛び出し、襲いかかってきたのだ。

 かろうじて、その場からは逃げ切ったものの……


【 ユイ 】

「いったいなんなんです、あの女はっ?」


【 タイシン 】

「わからんな。だがおそらく――人ではない」


【 ユイ 】

「…………!」


【 タイシン 】

「近くに舟を手配してある。そこまで逃げ切れれば――」


 と、タイシンが言葉を切った。


【 タイシン 】

「――しかし、そうもいかないようだ」


【 ユイ 】

「…………っ!」


 ――――ごうっ。


 頭上から、青白い火の玉のようなものが降ってきたかと思うと、眼前でゆらめきながら人の形を為していった。


【 アイリ 】

「――私、と――グンムさまを――邪魔する、者は――」


【 ユイ 】

「こいつっ……妖魔ばけもの……!?」


【 タイシン 】

「いや、これはっ……」


【 アイリ 】

「――いなく、なれ――」


【 アイリ 】

「――――“カッ”!」


 甲高い咆哮とともに、女の背から無数の剣が飛び出し、ふたりに殺到する――――


【 ユイ 】

「――――っ! やらせる……かっ!」


 ユイは縦横無尽に刀を振るい、タイシンをかばいながら、次々と飛来する剣を切り払う。


【 タイシン 】

「これは〈乱雨百剣らんうひゃっけん〉の邪法――左道の術師か」


 などと、解説する余裕はあるタイシンだった。


【 ユイ 】

「姐さんっ……! こいつは……やべぇっ! なんとか、あんただけでも……!」


【 タイシン 】

「天下の〈風雲忍侠〉にしては、諦めが早過ぎるのではないかな?」


【 ユイ 】

「そうは、言うがねっ……!」


 いかなる使い手でも、この文字通りの剣の雨を切り抜けるのは至難のわざであった。


【 アイリ 】

「――私は――私たちは――ただ、静かに暮らしたいだけなのに……!」


 そして、ふたたび、妖女が術を繰り出さんとする――


【 ユイ 】

「――――ッ」


【 タイシン 】

(こうなったら――)


 奥の手を出すしかないか、とユイが腹を決めた矢先のこと。


【 ???? 】

「――――“リツ”!」


 突然、声がかかるや否や、突如、ぱらぱらと小雨が降ってきた。

 すると、邪法の剣がことごとく落ち、雲散霧消うんさんむしょうしていったのだった。


【 ユイ 】

「こいつはっ……!?」


 いったい何事かと見れば、


【 ???? 】

「――ふ、ふふ、ふふふっ……」


 一陣の風とともに姿を現したのは、ひとりの若者であった。


【 若い男 】

「お、〈幽聖岳おやま〉を下りるなり、こんなところに出くわすとは……命数うんめいっていうのは、なんとも奇々怪々なもの――」

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