◆◆◆◆ 9-43 潜入 ◆◆◆◆
【 ヨスガ 】
「――宝玲山の同志の一部を派遣して、各地の武装勢力……はっきりいえば賊のたぐいの中に潜り込ませてある」
【 ヨスガ 】
「連中は賊をそそのかして、グンムの軍に合流させる手はずだ。今のグンムめは義の軍を称しているゆえ、力を貸したいと申し出られたら断るわけにはいかぬ。後の評判に関わるゆえな」
【 ヨスガ 】
「そしていざとなれば、同志は強欲な賊軍を扇動し、欲望のままに行動させる……さすれば当然、そこに隙が生じる」
【 カズサ 】
「なるほど、その乱れた陣を狙って一撃を加えれば、勝利は疑いなし……というわけですね! 流石です、陛下っ!」
【 ヨスガ 】
「……まあ、そこまでうまく行くとは断言できぬがな。あくまで一つの手ではある」
【 ヨスガ 】
「とにかく、大事なのは勝つこと……大手柄を立てようなどと欲をかけば、酷い目に遭う。心せよ」
【 カズサ 】
「……っ、ははっ……」
【 ヨスガ 】
「今回の作戦目的は、叛乱軍を一発ブン殴って、とっととトンズラする……ということだ。それ以上を望んじゃあ、足元をすくわれるだろうよ」
【 ミズキ 】
「ヨスガさま、口が悪くなっておりますよ」
【 ヨスガ 】
「ふん、仕方あるまい。こんなものは、王者の兵法ではないからな。ガラも悪くなろうというものだ」
【 ランブ 】
「ですが、実際に我らが動かせる兵の数は、せいぜい千あまり……百倍の兵を相手にするには、さすがに――」
【 ヨスガ 】
「ふむ……いろいろと手を打ってはいるが、やはり、ケイヨウが抱える二万の禁軍はどうにか生かしたいところだな」
【 カズサ 】
「あんな老いぼれっ、罷免して兵権を剥奪してしまえば……!」
【 ヨスガ 】
「……それが簡単にできれば、苦労はない」
この時代における宙の枢密院は、朝廷から独立した機関であり、皇帝の権限をもってしても自由にはできない。
実際、仮に今ヨスガがケイヨウを罷免しても、兵たちは従わないであろう。
下手をすれば、不満を抱いた兵たちによる暴動を招きかねないのだ。
【 ヨスガ 】
「なにしろ連中、例の謀叛を起こした首謀者どもを拘束したまま、それっきり、こちらからは手も出せぬのだからな」
〈燎氏の変〉を起こした燎・ケンシらは、即日、枢密院に身柄を押さえられた。
その後、ヨスガが罪人を引き渡すよう告げても、なしのつぶてである。
【 ミズキ 】
「生かすといっても……なにか、妙案がおありですか?」
【 ヨスガ 】
「ふん、あまり気が進まぬが……手段は選んでいられまいよ」
【 ケイヨウ 】
「――例の謀叛人どもだが、どうなっておるかな?」
自邸の書斎にて、枢密使たる八白・ケイヨウは部下からの報告を受けていた。
【 ケイヨウの部下 】
「は……大方の者は、お互いに罪をなすりつけ合っております。自分は他の者にそそのかされただけだ、などと……」
【 ケイヨウ 】
「ほ、ほ、ほ……無様なものよのォ」
【 ケイヨウの部下 】
「まことに、見苦しい限りです。しかし、燎侍中だけは、泰然自若として、己の罪を認めております」
【 ケイヨウ 】
「ふゥむ……さもあろう。して、共謀者については?」
【 ケイヨウの部下 】
「〈無明天師〉なる者が協力を申し出てきた……とのことですが、いかなる背後があるかまでは、いまだ割れておりません」
【 ケイヨウ 】
「ふむふむ、そうかそうか。まァ、謀叛人ながらも壮士ではある。あまり痛めつけぬようにのォ」
【 ケイヨウの部下 】
「は……」
【 ケイヨウ 】
「ン? なにか、言いたいことがありそうだのォ」
【 ケイヨウの部下 】
「ご存じの通り、嶺将軍の大軍が帝都に迫ってきております。閣下は、いかがなさるおつもりで……?」
【 ケイヨウ 】
「ふゥむ……そのことか。陛下は、みやこから離れるおつもりらしいが?」
【 ケイヨウの部下 】
「は、そのように宣言したとの由」
【 ケイヨウ 】
「ま、逃げるだけなら、そう兵はいるまい。むしろ、多すぎてはかえって小回りがきかぬからのォ」
【 ケイヨウの部下 】
「では、我らは……?」
【 ケイヨウ 】
「さしあたり、下手に動くこともあるまい。今は待つのが得策よな。焦っては損というものよ」
【 ケイヨウの部下 】
「……はっ、承知いたしました」
部下は一礼して、ケイヨウの部屋を出ていった。
【 ケイヨウ 】
「ふゥむ……」
ケイヨウは室内を歩き回りつつ、物思いに耽る。
【 ケイヨウ 】
「……さてさて……」
【 ???? 】
「――持病が悪化したと聞いていたが、存外、元気そうであるな」
【 ケイヨウ 】
「…………!」
聞き覚えのある声とともに、部屋の暗がりから人影が歩み出てきた。
【 ケイヨウ 】
「おォ、これは――」
さしものケイヨウも面食らい、とっさにその場にひざまずく。
【 ケイヨウ 】
「よもや陛下に、こんなむさくるしい所へお出ましいただけようとは……」
現在、ケイヨウから陛下と呼ばれる人物は、ただひとりである。
【 ヨスガ 】
「そなた、膝が悪いのではなかったか? 無理はせずともよいぞ」
皮肉っぽく笑みを浮かべるのは、皇帝ヨスガ、その人であった。
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