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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
343/421

◆◆◆◆ 9-43 潜入 ◆◆◆◆

【 ヨスガ 】

「――宝玲山ほうれいざんの同志の一部を派遣して、各地の武装勢力……はっきりいえば賊のたぐいの中に潜り込ませてある」


【 ヨスガ 】

「連中は賊をそそのかして、グンムの軍に合流させる手はずだ。今のグンムめは義の軍を称しているゆえ、力を貸したいと申し出られたら断るわけにはいかぬ。後の評判に関わるゆえな」


【 ヨスガ 】

「そしていざとなれば、同志は強欲な賊軍を扇動し、欲望のままに行動させる……さすれば当然、そこに隙が生じる」


【 カズサ 】

「なるほど、その乱れた陣を狙って一撃を加えれば、勝利は疑いなし……というわけですね! 流石です、陛下っ!」


【 ヨスガ 】

「……まあ、そこまでうまく行くとは断言できぬがな。あくまで一つの手ではある」


【 ヨスガ 】

「とにかく、大事なのは勝つこと……大手柄を立てようなどと欲をかけば、酷い目に遭う。心せよ」


【 カズサ 】

「……っ、ははっ……」


【 ヨスガ 】

「今回の作戦目的は、叛乱軍を一発ブン殴って、とっととトンズラする……ということだ。それ以上を望んじゃあ、足元をすくわれるだろうよ」


【 ミズキ 】

「ヨスガさま、口が悪くなっておりますよ」


【 ヨスガ 】

「ふん、仕方あるまい。こんなものは、王者の兵法ではないからな。ガラも悪くなろうというものだ」


【 ランブ 】

「ですが、実際に我らが動かせる兵の数は、せいぜい千あまり……百倍の兵を相手にするには、さすがに――」


【 ヨスガ 】

「ふむ……いろいろと手を打ってはいるが、やはり、ケイヨウが抱える二万の禁軍はどうにか生かしたいところだな」


【 カズサ 】

「あんな老いぼれっ、罷免ひめんして兵権を剥奪してしまえば……!」


【 ヨスガ 】

「……それが簡単にできれば、苦労はない」


 この時代におけるちゅう枢密院すうみついんは、朝廷から独立した機関であり、皇帝の権限をもってしても自由にはできない。

 実際、仮に今ヨスガがケイヨウを罷免しても、兵たちは従わないであろう。

 下手をすれば、不満を抱いた兵たちによる暴動を招きかねないのだ。


【 ヨスガ 】

「なにしろ連中、例の謀叛を起こした首謀者どもを拘束したまま、それっきり、こちらからは手も出せぬのだからな」


 〈リョウ氏の変〉を起こしたリョウ・ケンシらは、即日、枢密院に身柄を押さえられた。

 その後、ヨスガが罪人を引き渡すよう告げても、なしのつぶてである。


【 ミズキ 】

「生かすといっても……なにか、妙案がおありですか?」


【 ヨスガ 】

「ふん、あまり気が進まぬが……手段は選んでいられまいよ」




【 ケイヨウ 】

「――例の謀叛人どもだが、どうなっておるかな?」


 自邸の書斎にて、枢密使たる八白ハチハク・ケイヨウは部下からの報告を受けていた。


【 ケイヨウの部下 】

「は……大方の者は、お互いに罪をなすりつけ合っております。自分は他の者にそそのかされただけだ、などと……」


【 ケイヨウ 】

「ほ、ほ、ほ……無様なものよのォ」


【 ケイヨウの部下 】

「まことに、見苦しい限りです。しかし、リョウ侍中じちゅうだけは、泰然自若として、己の罪を認めております」


【 ケイヨウ 】

「ふゥむ……さもあろう。して、共謀者については?」


【 ケイヨウの部下 】

「〈無明天師むみょうてんし〉なる者が協力を申し出てきた……とのことですが、いかなる背後があるかまでは、いまだ割れておりません」


【 ケイヨウ 】

「ふむふむ、そうかそうか。まァ、謀叛人ながらも壮士ではある。あまり痛めつけぬようにのォ」


【 ケイヨウの部下 】

「は……」


【 ケイヨウ 】

「ン? なにか、言いたいことがありそうだのォ」


【 ケイヨウの部下 】

「ご存じの通り、レイ将軍の大軍が帝都に迫ってきております。閣下は、いかがなさるおつもりで……?」


【 ケイヨウ 】

「ふゥむ……そのことか。陛下は、みやこから離れるおつもりらしいが?」


【 ケイヨウの部下 】

「は、そのように宣言したとのよし


【 ケイヨウ 】

「ま、逃げるだけなら、そう兵はいるまい。むしろ、多すぎてはかえって小回りがきかぬからのォ」


【 ケイヨウの部下 】

「では、我らは……?」


【 ケイヨウ 】

「さしあたり、下手に動くこともあるまい。今は待つのが得策よな。焦っては損というものよ」


【 ケイヨウの部下 】

「……はっ、承知いたしました」


 部下は一礼して、ケイヨウの部屋を出ていった。


【 ケイヨウ 】

「ふゥむ……」


 ケイヨウは室内を歩き回りつつ、物思いに耽る。


【 ケイヨウ 】

「……さてさて……」


【 ???? 】

「――持病が悪化したと聞いていたが、存外、元気そうであるな」


【 ケイヨウ 】

「…………!」


 聞き覚えのある声とともに、部屋の暗がりから人影が歩み出てきた。


【 ケイヨウ 】

「おォ、これは――」


 さしものケイヨウも面食らい、とっさにその場にひざまずく。


【 ケイヨウ 】

「よもや陛下に、こんなむさくるしい所へお出ましいただけようとは……」


 現在、ケイヨウから陛下と呼ばれる人物は、ただひとりである。


【 ヨスガ 】

「そなた、膝が悪いのではなかったか? 無理はせずともよいぞ」


 皮肉っぽく笑みを浮かべるのは、皇帝ヨスガ、その人であった。

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