◆◆◆◆ 9-41 姉と弟 ◆◆◆◆
【 ユイ 】
「それじゃあアルカナ、殿下のことは任せたぜ」
【 アルカナ 】
「はい、ユイ殿も、お気をつけて……」
翌日のこと。
旅支度を整えた虎王・ユイは、アルカナの元を訪れ、後を託していた。
【 ユイ 】
「殿下はどうされてる?」
【 アルカナ 】
「は……どっと旅の疲れが出たようで、寝込まれております。もともと、あまり身体が丈夫な御方ではありませんし……」
【 ユイ 】
「そうか……まあ、気疲れも尋常じゃなかっただろうからな。腕のいい方士がいるらしいから、まずいようなら嶺将軍の方に相談してくれ」
【 アルカナ 】
「はい、そこまでのことはないとは思いますが……」
【 ユイ 】
「なにしろ、この先はもっと大変になるからなぁ」
【 アルカナ 】
「……わかっています。できうる限り殿下の負担を減らせるよう、努めます」
【 ユイ 】
「まあ、ほどほどにな。嶺将軍にとっても、殿下はかけがえのない御方だ。ちゃんと気遣ってくれるさ」
【 アルカナ 】
「……だと、いいのですが」
【 ユイ 】
「なんだ、なにか言いたそうだな?」
【 アルカナ 】
「ユイ殿は……嶺将軍を、信頼されているのですか?」
【 ユイ 】
「信頼……か。まあ少なくとも、そう悪い男じゃあない、とは思ってるさ。人をモノみたいに扱ったりする御仁じゃないからな」
【 ユイ 】
「だが、油断できない男だっていうのも確かだ。あんまり気を許し過ぎるのも、考えものだろうな」
【 アルカナ 】
「……なるほど」
【 ユイ 】
「さしあたりは面倒事はないだろうが、うまく頼む。みやこの方は、こっちに任せておけ」
【 アルカナ 】
「はいっ……姉上のこと、くれぐれもよろしくお願いしますっ……!」
【 ユイ 】
「ああ、なんとかやってみるさ」
【 ユイ 】
「……ところでお前さん、青龍・カスカナって名に、心当たりはあるか?」
【 アルカナ 】
「えっ? 青龍というのは、亡き母上の実家の姓で、カスカナは、ぼくが生まれる前に亡くなった姉上の名ですが……そういう姓名の方は知りません」
【 ユイ 】
「ほう……そうか」
ここにいたって、ユイは確信した。
【 ユイ 】
(やはり、乗り込んできたのはあの小姐だったか……無茶をするもんだ)
もともと、皇帝にケンカを吹っかけるような向こう見ずな小娘だったが……わずかな間に、輪をかけて命知らずになったとみえる。
【 アルカナ 】
「……その人が、どうかしたんですか?」
【 ユイ 】
「いや……なに、お前さんも聞いただろう? 嶺将軍のところに乗り込んできた朝廷の使者の話。そのひとりが、そう名乗ったらしくてな」
【 アルカナ 】
「ああ……そうでしたか。それにしても、たった三人で敵陣に乗り込むだなんて、何と無謀な……暴虎馮河の勇にもほどがありますね。よほどの勇者か、そうでなければ愚か者でしょう」
*暴虎馮河……血気にはやって無謀な行いをするの意。
【 ユイ 】
「……っ、ああ、まったくだ」
【 ユイ 】
(十中八九、お前の姉貴のことなんだけどな……)
【 ユイ 】
「そっちこそ、無茶をするなよ? 殿下をお守りするのが、お前さんの役目なんだからな」
【 アルカナ 】
「……はい、心得ています。姉上を、無事にお迎えするためにも……!」
【 ユイ 】
「わかってるなら、結構だ。じゃあ、任せたぜ」
【 アルカナ 】
「はい、どうかお気をつけてっ……!」
そのまま陣を離れたユイは、一路、みやこへ足を向けた。
懐には、グンムから預かったタイシンへの書状もある。
【 ユイ 】
(しかし、あの姉弟……ほんのわずかな期間で行き違いになるとはな。運がいいのか、悪いのか……?)
もしアルカナがその場にいれば、当然ながらホノカナの正体は明るみになり、大騒動になっていたことだろう。
【 ユイ 】
(宮城に潜入するのは骨だが……ま、行ってみるさ)
ユイは、さらに速度を上げて駆け出した――
その一方で……
【 アルカナ 】
「…………」
ユイを見送った後、アルカナは先ほどの話を思い起こしていた。
【 アルカナ 】
(青龍……カスカナ……)
青龍という姓は、峰東ではよくあるものだ。
しかし、アルカナとかカスカナといった名は、そう一般的なものではない。
【 アルカナ 】
「…………」
【 アルカナ 】
「……っ! も、もしかしてっ……!」
アルカナは、ハッと思い当たった。
【 アルカナ 】
(もしかすると、母上の縁者だったりするのではっ……?)
アルカナが物心ついた頃には、すでに峰東は乱れており、親戚縁者と顔を合わせる機会もなかった。
【 アルカナ 】
(朝廷にいるなら、姉上もご存じかもしれないし……お会いしたら、確かめてみよう)
青龍・カスカナが姉の偽名である……などとは、まったく想像すらしないアルカナなのであった。
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