◆◆◆◆ 9-40 女傑 ◆◆◆◆
【 グンム 】
「今回も苦労をかけたな、ユイ殿」
【 ユイ 】
「いえ、自分は別に……」
その夜。
グンムは己の幕舎にユイを招き、酒食を振る舞っていた。
【 グンム 】
「ところで、トウマ殿下のことだが……」
【 ユイ 】
「……なにか、問題でも?」
【 グンム 】
「いや、あまり、ご尊父には似ておられないようだ」
トウマの亡父、〈焔・タクマ〉。
当代屈指の傑物と称され、その才覚といい貫禄といい、王者の風格がある……と当時から評判が高かった。
二年前に謀叛をくわだて、あえなく斃れたものの、今なおその名声は世間に記憶されている。
【 ユイ 】
「まだ、お若いですし……仕方ないかと」
【 グンム 】
「ふむ……ご尊父と比較されては、殿下もお気の毒であろうな」
【 ユイ 】
「……もっと肝の据わった皇子ならよかった、とでもおっしゃりたいので?」
【 グンム 】
「はは、まさか」
探るようなユイの言葉を、グンムは笑い飛ばす。
【 グンム 】
「まあ、私が悪党なら、『むしろ、あの従者の方が見栄えもいいし度胸もあるし、天子にふさわしいのでは?』……などと、悪だくみを巡らすかもしれぬがね」
【 ユイ 】
「…………」
笑えない冗談というものだった。
【 グンム 】
「むろん、そんな不遜なことを考えたりはしないとも。俗世の仕事……荒事や政は、我らが受け持つことだからな」
【 グンム 】
「上に立たれる御方は、ただただ、我ら下々の者を穏やかに見守ってくだされば、それでよい。そうは思わぬか?」
【 ユイ 】
「は……それを聞いて、安心しました」
神輿に担ぐ分には問題ない……と、いうことなのだろう。
【 グンム 】
「ならば結構だ。……ところでユイ殿、この後はどうするつもりかな」
【 ユイ 】
「一度、みやこの様子を探ってこようと思っております。できれば、朝廷の動きも」
【 グンム 】
「それは願ってもないこと……我らも密偵を送り込んではいるが、風雲忍侠殿にはとうてい及ばぬゆえな」
【 グンム 】
「しかし、今や帝都は敵地……なにぶん、ご注意されよ」
【 ユイ 】
「お心遣い、かたじけなく。その後は、姐さん……静夜夫人に会ってくるつもりです」
静夜夫人とは、焦・タイシンの異名である。
【 グンム 】
「おお、タイシン殿にお会いしたら、重ね重ねお礼を伝えてほしい。……いや、後で一筆したためよう。いつ発たれる?」
【 ユイ 】
「明日の昼には出ようかと」
【 グンム 】
「わかった、それまでに用意しておこう。……タイシン殿は、今はどちらに?」
【 ユイ 】
「峰西の、〈愛憫公主〉の元に滞在してる、とのことですが」
【 グンム 】
「ふむ……〈焔・レッカ〉さまか。あの御方は、どう動くかな?」
焔・レッカは有力な皇族のひとりにして、峰西地方を支配する巡察使でもある。
【 ユイ 】
「さて……そのための静夜夫人かとも思いますが」
【 グンム 】
「そうであれば助かる。できれば、あの御方とは争いたくはない」
【 ユイ 】
「嶺将軍ほどの御方でも……ですか?」
【 グンム 】
「ああ、美人と刃を交わすのは避けたい――というのは冗談にしても、あの御方は侮れぬ。おまけに皇族だからな……できるなら、やり合いたくはないさ」
【 ユイ 】
「それほど、ですか」
女だてらに峰西を託されている焔・レッカだが、グンムがそこまで買うからには、相当なものなのだろう。
【 グンム 】
「愛憫公主こそ、まことの天子さまにふさわしい……という声も少なからずあると聞く。味方になってほしいとは言わぬが、敵に回したくはない女傑だな」
【 ユイ 】
「……なるほど」
【 ユイ 】
「女傑といえば、小耳に挟んだのですが……朝廷から、使者が送り込まれてきた、とか?」
【 グンム 】
「うむ、正式な使者というわけではなかったが。女三人で、この大軍の中に乗り込んできたのだから、大した度胸だ。まさに女傑だな」
【 ユイ 】
「……一悶着、あったようですな」
【 グンム 】
「ふむ……貴公に隠し立てしても仕方あるまい」
と、グンムは苦い顔をしつつ。
【 グンム 】
「私は見逃すつもりだったが、楽老師が手を回してな……とんだ藪蛇となった」
【 ユイ 】
「…………」
グンムに説明されるまでもなく、ユイは情報を掴んでいた。
【 ユイ 】
(あの血風翼将が、返り討ちに遭うとはな……)
銀・タシギとその手下が敗れたことには、ユイも驚きを覚えていた。
朝廷から送り込まれた、凄腕の医者、奇妙な方士、そして……
【 ユイ 】
(どこにでもいそうな、平凡な、小娘……)
ユイの脳裏に、閃くものがあった。
【 ユイ 】
「ちなみに、その三人……名は覚えておいでですか?」
【 グンム 】
「たしか、河甫老師、蓼老師などと名乗っていたな」
【 グンム 】
「あとひとりは、かつて会ったことがある。名は……青龍、カスカナだったか。もとより偽名であろうが」
【 ユイ 】
「青龍……カスカナ?」
【 グンム 】
「心当たりでもおありかな?」
【 ユイ 】
「……いえ、青龍といえば、峰東に多い姓だったな……と思っただけです」
【 グンム 】
「ああ、本人も峰東の生まれと言っていた。いたって無害な小娘と見えたが……」
【 グンム 】
「あやうく、我が軍の将を討ち取られるところだった。人は見かけによらぬものよな」
【 ユイ 】
「……まったくもって」
ユイは頷きつつ、ひとりの娘の面影を思い出しつつあった。
【 ユイ 】
(まさか、あの小姐なのか……!?)
鱗・ホノカナ……
その名を、思い浮かべていたのだった。
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