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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
340/421

◆◆◆◆ 9-40 女傑 ◆◆◆◆

【 グンム 】

「今回も苦労をかけたな、ユイ殿」


【 ユイ 】

「いえ、自分は別に……」


 その夜。

 グンムは己の幕舎にユイを招き、酒食を振る舞っていた。


【 グンム 】

「ところで、トウマ殿下のことだが……」


【 ユイ 】

「……なにか、問題でも?」


【 グンム 】

「いや、あまり、ご尊父そんぷには似ておられないようだ」


 トウマの亡父、〈エン・タクマ〉。

 当代屈指の傑物と称され、その才覚といい貫禄といい、王者の風格がある……と当時から評判が高かった。

 二年前に謀叛むほんをくわだて、あえなくたおれたものの、今なおその名声は世間に記憶されている。


【 ユイ 】

「まだ、お若いですし……仕方ないかと」


【 グンム 】

「ふむ……ご尊父と比較されては、殿下もお気の毒であろうな」


【 ユイ 】

「……もっと肝の据わった皇子ならよかった、とでもおっしゃりたいので?」


【 グンム 】

「はは、まさか」


 探るようなユイの言葉を、グンムは笑い飛ばす。


【 グンム 】

「まあ、私が悪党なら、『むしろ、あの従者の方が見栄えもいいし度胸もあるし、天子にふさわしいのでは?』……などと、悪だくみを巡らすかもしれぬがね」


【 ユイ 】

「…………」


 笑えない冗談というものだった。


【 グンム 】

「むろん、そんな不遜なことを考えたりはしないとも。俗世の仕事……荒事あらごとまつりごとは、我らが受け持つことだからな」


【 グンム 】

「上に立たれる御方は、ただただ、我ら下々の者を穏やかに見守ってくだされば、それでよい。そうは思わぬか?」


【 ユイ 】

「は……それを聞いて、安心しました」


 神輿みこしに担ぐ分には問題ない……と、いうことなのだろう。


【 グンム 】

「ならば結構だ。……ところでユイ殿、この後はどうするつもりかな」


【 ユイ 】

「一度、みやこの様子を探ってこようと思っております。できれば、朝廷の動きも」


【 グンム 】

「それは願ってもないこと……我らも密偵を送り込んではいるが、風雲忍侠ふううんにんきょう殿にはとうてい及ばぬゆえな」


【 グンム 】

「しかし、今や帝都は敵地……なにぶん、ご注意されよ」


【 ユイ 】

「お心遣い、かたじけなく。その後は、姐さん……静夜夫人せいやふじんに会ってくるつもりです」


 静夜夫人とは、ショウ・タイシンの異名である。


【 グンム 】

「おお、タイシン殿にお会いしたら、重ね重ねお礼を伝えてほしい。……いや、後で一筆したためよう。いつたれる?」


【 ユイ 】

「明日の昼には出ようかと」


【 グンム 】

「わかった、それまでに用意しておこう。……タイシン殿は、今はどちらに?」


【 ユイ 】

峰西ほうせいの、〈愛憫公主あいびんこうしゅ〉の元に滞在してる、とのことですが」


【 グンム 】

「ふむ……〈エン・レッカ〉さまか。あの御方は、どう動くかな?」


 エン・レッカは有力な皇族のひとりにして、峰西ほうせい地方を支配する巡察使でもある。


【 ユイ 】

「さて……そのための静夜夫人かとも思いますが」


【 グンム 】

「そうであれば助かる。できれば、あの御方とは争いたくはない」


【 ユイ 】

レイ将軍ほどの御方でも……ですか?」


【 グンム 】

「ああ、美人と刃を交わすのは避けたい――というのは冗談にしても、あの御方は侮れぬ。おまけに皇族だからな……できるなら、やり合いたくはないさ」


【 ユイ 】

「それほど、ですか」


 女だてらに峰西ほうせいを託されているエン・レッカだが、グンムがそこまで買うからには、相当なものなのだろう。


【 グンム 】

「愛憫公主こそ、まことの天子さまにふさわしい……という声も少なからずあると聞く。味方になってほしいとは言わぬが、敵に回したくはない女傑だな」


【 ユイ 】

「……なるほど」


【 ユイ 】

「女傑といえば、小耳に挟んだのですが……朝廷から、使者が送り込まれてきた、とか?」


【 グンム 】

「うむ、正式な使者というわけではなかったが。女三人で、この大軍の中に乗り込んできたのだから、大した度胸だ。まさに女傑だな」


【 ユイ 】

「……一悶着、あったようですな」


【 グンム 】

「ふむ……貴公に隠し立てしても仕方あるまい」


 と、グンムは苦い顔をしつつ。


【 グンム 】

「私は見逃すつもりだったが、ガク老師せんせいが手を回してな……とんだ藪蛇やぶへびとなった」


【 ユイ 】

「…………」


 グンムに説明されるまでもなく、ユイは情報を掴んでいた。


【 ユイ 】

(あの血風翼将けっぷうよくしょうが、返り討ちに遭うとはな……)


 ギン・タシギとその手下が敗れたことには、ユイも驚きを覚えていた。

 朝廷から送り込まれた、凄腕の医者、奇妙な方士、そして……


【 ユイ 】

(どこにでもいそうな、平凡な、小娘……)


 ユイの脳裏に、閃くものがあった。


【 ユイ 】

「ちなみに、その三人……名は覚えておいでですか?」


【 グンム 】

「たしか、河甫コウホ老師せんせいリク老師せんせいなどと名乗っていたな」


【 グンム 】

「あとひとりは、かつて会ったことがある。名は……青龍セイリュウ、カスカナだったか。もとより偽名であろうが」


【 ユイ 】

青龍セイリュウ……カスカナ?」


【 グンム 】

「心当たりでもおありかな?」


【 ユイ 】

「……いえ、青龍セイリュウといえば、峰東ほうとうに多い姓だったな……と思っただけです」


【 グンム 】

「ああ、本人も峰東ほうとうの生まれと言っていた。いたって無害な小娘と見えたが……」


【 グンム 】

「あやうく、我が軍の将を討ち取られるところだった。人は見かけによらぬものよな」


【 ユイ 】

「……まったくもって」


 ユイは頷きつつ、ひとりの娘の面影を思い出しつつあった。


【 ユイ 】

(まさか、あの小姐おじょうちゃんなのか……!?)


 リン・ホノカナ……

 その名を、思い浮かべていたのだった。

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