◆◆◆◆ 3-9 窓に立つ影 ◆◆◆◆
【 グンム 】
「修羅の道を選び、火中の栗を拾うべし――ときたか。好きに言ってくれるものだな」
【 シュレイ 】
「考えるまでもないことです」
グンムの居室にて。
主と客が、密談を交わしていた。
【 グンム 】
「ちなみに、それを聞いたあちらの反応は?」
【 シュレイ 】
「特には……しかし、我が意を得たり、というふうにも見えました」
【 グンム 】
「ふむ……ま、用事もなしに訪ねてくるほど、暇な御仁ではないからな」
【 シュレイ 】
「そもそも貴方とて、おわかりのはずだ」
【 シュレイ 】
「このまま故郷に引きこもったまま天寿をまっとうするなど、万に一つにもできるはずもない――ということをね」
【 グンム 】
「おいおい、そいつはどうだかわからねぇだろ?」
気の置けない相手ゆえか、ざっくばらんな口調のグンム。
【 グンム 】
「生きるか死ぬか、そんなのはぜんぶバクチだ。だったら、俺は生き残れるほうに賭けたいもんだね」
【 シュレイ 】
「それも結構ですが……それは、勝てる見込みが多少なりともあればこその話でしょう」
【 グンム 】
「……そんなに、か?」
【 シュレイ 】
「ええ、それほどに、世は乱れています」
【 シュレイ 】
「なにかきっかけさえあれば、たちまち天下は麻のように乱れ、弱肉強食の時代が到来するでしょう」
【 シュレイ 】
「そうなれば、このような小さな邑、どうして長く保てましょうか」
【 グンム 】
「はぁ~っ……」
思わずため息をつくグンム。
その姿はとうてい演技には見えない。
【 シュレイ 】
「それに、あの御仁、例の件に感づいておるような……」
【 グンム 】
「……本当か?」
シュレイの言葉に、グンムも声をひそめる。
【 シュレイ 】
「おそらくは。わざわざ出向いてきたのは、確証を得るためかと」
【 グンム 】
「そういうことか……やれやれ、どいつもこいつも……放っておいてほしいもんだ」
【 シュレイ 】
「これは天意というもの。私やかの御仁があれこれ言わずとも、そうなる定めなのです」
【 グンム 】
「天意ねぇ……天意か……そういうもんか……?」
【 シュレイ 】
「将軍――?」
【 グンム 】
「いやしかし……う~ん……」
【 シュレイ 】
(……困ったお人だ)
シュレイは内心でため息をついた。
いったん起ち上がれば、飛竜のごとく天高く舞い上がること間違いなしの傑人――と、彼はグンムを見込んでいる。
ゆえにこそ、こうして客将となり、参謀役を買って出ているのだが……
しかしいかんせん、そこに至るまでが長い。
優柔不断というよりは、利口すぎて必要以上にあれこれ考えを巡らしてしまうところもあるのだろう。
【 シュレイ 】
(とはいえ、慎重居士も度がすぎると、機を失いかねないというもの)
なおもシュレイが言を重ねようとした、そのとき……
【 ???? 】
「――グンムさま――」
鈴の鳴るような声が響いた。
【 グンム 】
「――おっ? おお……アイリ、か」
窓から、ひとりの娘が室内を覗き込んでいる。
血のように赤い瞳と、月光に照らされた生白い肌。
思わず目を奪われずにはいられない、それは魔性の姿だった。
【 グンム 】
「なぜここに? 人に見られでもすると……」
【 アイリ 】
「誰かが――私を、視て、た――」
【 グンム 】
「……っ! もしやっ……」
【 シュレイ 】
「さっそく動いたようですな、あの御仁」
【 グンム 】
「あの商人め、やってくれる……!」
【 シュレイ 】
「どうやら、後には退けぬことになったようです。お覚悟を」
【 グンム 】
「……そうらしいな」
【 グンム 】
「すまんな、アイリ。ここでずっと、お前と静かに過ごしたかったが……そうもいかないらしいぜ」
【 アイリ 】
「――さっきの――男? あの男の、せい――?」
目が吊り上がり、その身からヒリつくような瘴気がほとばしる――
【 アイリ 】
「あの男さえ――いなくなってしまえば――いいんでしょう?」
【 グンム 】
「――っ! 待て、アイリ! 追うな――」
ごう、と風音が鳴ったかと思うと、すでに女の姿はなかった。
【 グンム 】
「まずい……! 老師、追いかけるぞ!」
【 シュレイ 】
「はっ……!」
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