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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
339/421

◆◆◆◆ 9-39 万歳 ◆◆◆◆

 ドン……ドドン……ドドッ……


 荒涼こうりょうとした野に、軍楽隊が打ち鳴らす勇壮な軍鼓ぐんこの音が響いている。

 武装した無数の兵が居並ぶ中を、二頭立ての馬車がゆっくりと進んでいた。


【 軍勢 】

『――――』


 整列した軍勢が、馬車へと視線を浴びせている。

 その数たるや、数万ではきかないであろう。


【 トウマ 】

「……う、ううぅ……あんなに、たくさんっ……」


 馬車の中で身を強張らせているのは、エン・トウマ。

 レイ・グンムが奉じようとしている、新たなる皇帝候補である。


【 アルカナ 】

「殿下――気を強くお持ちください。彼らは敵ではなく、殿下の頼もしい味方なのですから」


 と励ますのはリン・アルカナ、トウマの従者である。


【 トウマ 】

「そ、そんなこと、言われてもっ……うう……」


 チラリと外を見ただけで、異様な光景に身震いしてしまっている。


【 ユイ 】

「まあ、無理もないさ。いきなりこれじゃあ、な」


 虎王コオウ・ユイが言う。

 当初は、トウマを馬に乗せて兵たちに姿を見せる――という段取りだったのだが……

 この調子では、馬車にしたのは正解だったようだ。


【 ユイ 】

(こんな姿をさらしちゃあ、軽く見られちまうからな……)


 皇帝ともなれば、やはりそれなりの威厳が求められる。

 将兵の士気を保つためにも、こうして身を隠す判断は賢明だった。


【 ユイ 】

「おっ……見えてきましたよ。あれが、レイ将軍です」


【 アルカナ 】

「…………っ」


 前方に、武将たちを従えた馬上の人物が待ち受けている。


【 アルカナ 】

「あの人が……レイ征南将軍っ……」




【 グンム 】

「ユイ殿、ご苦労だった」


 馬車から降りてきたユイに、下馬したグンムが声をかける。


【 ユイ 】

「いえ……帝都に着く前に間に合って、なによりです」


【 グンム 】

「まったくだな。さて……」


 ユイに続いて、二人の童子が馬車から降りてきた。


【 利発そうな童子 】

「殿下、足元にお気をつけて……」


 まず降りてきたのは、目鼻立ちの整った、賢そうな童子。

 立ち振る舞いに隙がないうえ、この状況でも落ち着き払っている。


【 気弱そうな童子 】

「……っ、うぅっ……」


 一方、先の童子の手を借りておそるおそる降りてきたのは、いかにも気の弱そうな童子で、落ち着きなく目を泳がせている。


【 グンム 】

「(……どちらが殿下かな?)」


 グンムが、ユイに囁くように問う。


【 ユイ 】

「(線の細い――いえ、色白な御方が、トウマ殿下です。もう一人は従者のリンと申す者)」


【 グンム 】

「(……だと思った。なに、影武者ということもあるゆえな)」


【 グンロウ 】

「あの細っこいのが殿下ですかっ? どうも頼りなさそうですなぁ!」


 そばに控えるレイ・グンロウが、正直すぎる感想を口にする。


【 グンム 】

「口が過ぎるぞ、グンロウ卿」


【 グンロウ 】

「……っ、ははっ、申し訳ありませんっ……」


 グンムに睨まれ、恐縮してみせている。


【 グンム 】

「上に立つ御方は、公正であってくださればそれでよい。我らも、お支えする甲斐があるというものだ」


 グンムはトウマに向かって歩み寄ると、手を重ねて一礼した。

 本来なら平伏するところだが、軍礼ぐんれいで応じたのである。

 *軍礼……ここでは、戦場における簡易的な儀礼を指す。


 グンロウはじめ諸将もこれにならい、一斉に一礼する。

 周囲に控える軍勢も、武器を構えて礼を示した。


【 トウマ 】

「…………っ」


【 グンム 】

「軍中にて、軍礼でお許しください。お初にお目にかかります、レイ・グンムにございます。こうして殿下をお迎えし、我ら、喜びに堪えませぬ」


【 トウマ 】

「……っ、ううっ……そ、そのっ……」


 雰囲気に気圧けおされ、とっさになにも言えず、口ごもってしまうトウマ。


【 アルカナ 】

「――殿下は、長旅にてお疲れです。皆さまがたの忠義、いたく感じ入ったと仰っておりました……左様でしたね、殿下?」


【 トウマ 】

「う、うむっ……大儀たいぎで、ある」


 アルカナに助け舟を出され、かろうじて、ねぎらいの言葉を発する。


【 グンム 】

「はっ……かたじけないお言葉にて。我ら、殿下を至尊の座にお着けすべく、粉骨砕身ふんこつさいしんする所存にございます――」


【 グンロウ 】

「皇帝陛下、万歳ッ!」


【 軍勢 】

『万歳! 我らの天子さま、万歳っ!!』


 地鳴りのような声が響き渡る。


【 トウマ 】

「……っ、う、ううっ……」


【 グンム 】

「…………」


 身震いするトウマを、無言で見つめるグンムだった。

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