◆◆◆◆ 9-39 万歳 ◆◆◆◆
ドン……ドドン……ドドッ……
荒涼とした野に、軍楽隊が打ち鳴らす勇壮な軍鼓の音が響いている。
武装した無数の兵が居並ぶ中を、二頭立ての馬車がゆっくりと進んでいた。
【 軍勢 】
『――――』
整列した軍勢が、馬車へと視線を浴びせている。
その数たるや、数万ではきかないであろう。
【 トウマ 】
「……う、ううぅ……あんなに、たくさんっ……」
馬車の中で身を強張らせているのは、焔・トウマ。
嶺・グンムが奉じようとしている、新たなる皇帝候補である。
【 アルカナ 】
「殿下――気を強くお持ちください。彼らは敵ではなく、殿下の頼もしい味方なのですから」
と励ますのは鱗・アルカナ、トウマの従者である。
【 トウマ 】
「そ、そんなこと、言われてもっ……うう……」
チラリと外を見ただけで、異様な光景に身震いしてしまっている。
【 ユイ 】
「まあ、無理もないさ。いきなりこれじゃあ、な」
虎王・ユイが言う。
当初は、トウマを馬に乗せて兵たちに姿を見せる――という段取りだったのだが……
この調子では、馬車にしたのは正解だったようだ。
【 ユイ 】
(こんな姿をさらしちゃあ、軽く見られちまうからな……)
皇帝ともなれば、やはりそれなりの威厳が求められる。
将兵の士気を保つためにも、こうして身を隠す判断は賢明だった。
【 ユイ 】
「おっ……見えてきましたよ。あれが、嶺将軍です」
【 アルカナ 】
「…………っ」
前方に、武将たちを従えた馬上の人物が待ち受けている。
【 アルカナ 】
「あの人が……嶺征南将軍っ……」
【 グンム 】
「ユイ殿、ご苦労だった」
馬車から降りてきたユイに、下馬したグンムが声をかける。
【 ユイ 】
「いえ……帝都に着く前に間に合って、なによりです」
【 グンム 】
「まったくだな。さて……」
ユイに続いて、二人の童子が馬車から降りてきた。
【 利発そうな童子 】
「殿下、足元にお気をつけて……」
まず降りてきたのは、目鼻立ちの整った、賢そうな童子。
立ち振る舞いに隙がないうえ、この状況でも落ち着き払っている。
【 気弱そうな童子 】
「……っ、うぅっ……」
一方、先の童子の手を借りておそるおそる降りてきたのは、いかにも気の弱そうな童子で、落ち着きなく目を泳がせている。
【 グンム 】
「(……どちらが殿下かな?)」
グンムが、ユイに囁くように問う。
【 ユイ 】
「(線の細い――いえ、色白な御方が、トウマ殿下です。もう一人は従者の鱗と申す者)」
【 グンム 】
「(……だと思った。なに、影武者ということもあるゆえな)」
【 グンロウ 】
「あの細っこいのが殿下ですかっ? どうも頼りなさそうですなぁ!」
そばに控える嶺・グンロウが、正直すぎる感想を口にする。
【 グンム 】
「口が過ぎるぞ、グンロウ卿」
【 グンロウ 】
「……っ、ははっ、申し訳ありませんっ……」
グンムに睨まれ、恐縮してみせている。
【 グンム 】
「上に立つ御方は、公正であってくださればそれでよい。我らも、お支えする甲斐があるというものだ」
グンムはトウマに向かって歩み寄ると、手を重ねて一礼した。
本来なら平伏するところだが、軍礼で応じたのである。
*軍礼……ここでは、戦場における簡易的な儀礼を指す。
グンロウはじめ諸将もこれにならい、一斉に一礼する。
周囲に控える軍勢も、武器を構えて礼を示した。
【 トウマ 】
「…………っ」
【 グンム 】
「軍中にて、軍礼でお許しください。お初にお目にかかります、嶺・グンムにございます。こうして殿下をお迎えし、我ら、喜びに堪えませぬ」
【 トウマ 】
「……っ、ううっ……そ、そのっ……」
雰囲気に気圧され、とっさになにも言えず、口ごもってしまうトウマ。
【 アルカナ 】
「――殿下は、長旅にてお疲れです。皆さまがたの忠義、いたく感じ入ったと仰っておりました……左様でしたね、殿下?」
【 トウマ 】
「う、うむっ……大儀で、ある」
アルカナに助け舟を出され、かろうじて、ねぎらいの言葉を発する。
【 グンム 】
「はっ……かたじけないお言葉にて。我ら、殿下を至尊の座にお着けすべく、粉骨砕身する所存にございます――」
【 グンロウ 】
「皇帝陛下、万歳ッ!」
【 軍勢 】
『万歳! 我らの天子さま、万歳っ!!』
地鳴りのような声が響き渡る。
【 トウマ 】
「……っ、う、ううっ……」
【 グンム 】
「…………」
身震いするトウマを、無言で見つめるグンムだった。
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