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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
33/421

◆◆◆◆ 3-8 大魚 ◆◆◆◆

【 ユイ 】

「……修羅の道を選ぶべし、ときましたか。綺麗な顔をして、ずいぶん物騒な御仁ですなぁ」


 その夜、あてがわれた客室で、タイシンとユイが膝を突き合わせていた。


【 タイシン 】

「剣呑な人物のようだ。将軍は客人と言っていたが……本人は軍師きどりとみえる」


 よく切れる刃物は便利だが、油断すれば己を傷つけることもある。


【 タイシン 】

(それもわかったうえで、あの男を身近に置いているのだろうか?)


 グンムの心中は、計り知れないものがある。


【 ユイ 】

「それで、肝心の大将のほうはどうなんです?」


【 タイシン 】

「今のところ、動く気はなさそうだ。韜晦とうかいの芝居かとも思ったが……あれは本気のようだな」

 *韜晦……才を隠すこと。


【 ユイ 】

「見たところ、きっぷのいいあんちゃんって感じで、ことさら有能にも見えませんがね」


【 タイシン 】

「確かに、キラキラときらめくような才の持ち主ではない。しかし……」


 ユイのグンム評に苦笑しつつ、タイシンは続ける。


【 タイシン 】

「きらめく人材を使いこなす才覚は、以前からきわめて優れていた。だからこそこれまで、いくさでも結果を出してきたのだが……」


【 ユイ 】

「あの若さで楽隠居とは、結構なご身分ですねぇ」


【 タイシン 】

「そう言うな。人間、一度権力や権威を手に入れてしまうと、なかなか手離せぬものだ。それだけ、地位というものは得難いものだからな」


【 タイシン 】

「だが、彼はあの若さで、いともたやすくすべてを捨ててみせた。それだけでも、並みの男ではないよ」


【 ユイ 】

「ははぁ……そういうもんですかね」


 タイシンほどには、グンムを高評価する気にはなれないユイだった。


【 ユイ 】

「それで、そんな男を引っ張り出して、いったいどうするつもりです?」


【 タイシン 】

「なに、今のままでは、いささか役者が足りぬのでね」


【 ユイ 】

「…………」


 彼女の護衛を務めて数年になるユイではあるが、タイシンの腹のうちはろくに読めない。


【 ユイ 】

(これも商売のタネ……ってところか?)


 もっとも、疑問を抱きはしても、あえて問いただす気はなかった。

 彼がタイシンに近侍しているのはかつて受けた恩義のためであり、彼女の本質が善か悪かはさして問題ではない。

 その胸の内が、真の意味でユイの流儀に反していたら――そのときは、また話が変わってくるだろうが。


【 タイシン 】

「とはいえ、本人に出馬の気がないのは厄介だな。……すまないがユイ、ちょっと探し物を頼まれてくれないか」


【 ユイ 】

「探し物……ですか?」


【 タイシン 】

「あぁ。彼は――グンムは、とある人物……恐らくは女性にょしょうを、どこかに隠している。それを探って欲しい」


【 ユイ 】

「女……ですか。女房じゃあなくて?」


【 タイシン 】

「そこまではわからん。だがどうもそれが、隠棲の理由のひとつでもあるように思えるのでね」


【 ユイ 】

「ははぁん、それをネタに脅そうって寸法ですか?」


【 タイシン 】

「人聞きが悪いな。大魚を釣るには餌がいる……それだけのことだよ」


【 ユイ 】

「そいつは結構ですが……お一人で大丈夫で?」


【 タイシン 】

「なに、おとなしくしていれば心配はないさ」


【 ユイ 】

「――心得ました。では……」


 ユイは一礼すると、溶けるように物陰に消えていった。


【 タイシン 】

(さて……念のために、手は打っておかねばな)

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