◆◆◆◆ 9-29 逃亡 ◆◆◆◆
【 タシギ 】
「ちっ、なんだアイツらっ? 速いっ……!」
黒鹿毛の馬を駆りつつ、タシギは舌打ちした。
【 タシギの部下 】
「姐御、ありゃあ、岳南の飛鷹馬ですぜ! 速いわけだっ」
【 タシギ 】
「そういうことかよっ……! あのお嬢さまの仕業かっ? 余計な真似をしてくれるっ!」
騎馬の民である飛鷹の者が駆る馬は、宙のそれとは比較にならないほど強靭で、速度も上である。
【 タシギ 】
「フン――だからって、おめおめ逃がすものかよっ! おい、弓をよこせっ!」
【 タシギの部下 】
「へいっ……!」
【 タシギ 】
「このアタシから――」
部下から受け取った弓に矢をつがえ、引き絞る。
【 タシギ 】
「――逃げられると、思うなよッ!」
【 ホノカナ 】
「……っ、すごい、どんどん、引き離してますっ!」
【 セイレン 】
「おおおっ、姫将軍さま、さまさまですなっ!」
【 ゼンキョク 】
「さて、このまま、逃げ切れるといいのですが――」
――ヒュンッ!!
【 替え馬 】
「ヒィイイィンッ――!!」
ドドオォッ!!
【 ホノカナ 】
「ああああっ!?」
【 セイレン 】
「ひぇええっ!?」
連れていた替え馬の一頭が足に矢を受け、たまらず横転していた。
三人は翠・ミナモから礼として譲り受けた飛鷹馬に騎乗し、これまで乗ってきた馬は替え馬として連れていたのである。
【 ゼンキョク 】
「この距離、しかもこの暗さで当ててくる……腕も立つ上に夜目も利くとは、なかなか厄介ですね」
【 ホノカナ 】
「かっ、感心してる場合じゃっ……!」
【 セイレン 】
「うううっ、串刺し刑も嫌ぁあぁ~っ!」
【 ゼンキョク 】
「前方に森が見えます。あそこを抜けましょう。矢からも逃れやすい」
【 ホノカナ 】
「で、でもっ、木にぶつかったりするんじゃ……!?」
【 ゼンキョク 】
「飛鷹馬は利口です。無理に操ろうとせず、馬に身を任せておけば問題ありません」
【 ホノカナ 】
「……っ、わ、わかりましたっ……」
【 ゼンキョク 】
「では――セイレン殿、副頭目をお任せします」
先頭を走っていたゼンキョクが、最後尾に下がる。
【 ホノカナ 】
「えっ!? 晏老師……!?」
【 ゼンキョク 】
「殿は、私が務めます。おふたりは、どうかお先に」
【 ホノカナ 】
「そ、そんなっ……!?」
【 ゼンキョク 】
「あなたは、あの御方のもとに帰らねばなりません――そう、いかなる犠牲を払おうとも」
【 ホノカナ 】
「……っ、でもっ……」
【 セイレン 】
「わっかりましたぁっ! ゼンキョク殿、ご武運をっ! あなたのことは、きっと忘れませんのでっ! それではっ!!」
ドドドドッ!
ためらうことなく、まっしぐらに森へ向かうセイレン。
【 ホノカナ 】
「ちょっ……!?」
【 ゼンキョク 】
「いえ、あれで正解なのです――副頭目、今後もあなたは、幾度となく似た場面に出くわすでしょう」
【 ホノカナ 】
「…………っ」
【 ゼンキョク 】
「こうしたことに、慣れてはいけない。しかし……迷ってもいけません」
【 ゼンキョク 】
「たやすいことではありませんが……これが、あなたの選んだ道なのです」
【 ホノカナ 】
「……っ、絶対、後から、来てくださいっ……!」
【 ゼンキョク 】
「ええ――もちろんですとも。まだまだ、やり残したことがありますので」
晏・ゼンキョクは、微笑をうかべた。
【 タシギ 】
「フン……森に逃げ込むつもりかっ? 小賢しいっ……追いかけるよッ!」
【 タシギの部下 】
「いやいや、俺たち、姐御みたいに夜目はきかねえですよっ……!」
今、タシギが引きつれているのは、軍人とは名ばかりの無頼の徒である。
汚れ仕事を担うにあたり、タシギが飼っている私兵だ。
暗殺者上がりの彼女と違い、得意なのは略奪、放火、殺戮といった荒事ばかりという連中であった。
【 タシギ 】
「ゴチャゴチャうるさいんだよッ! せいぜい、木に当たってくたばらないように祈るんだねっ! それとも、今、殺されたいワケ?」
【 タシギの部下たち 】
『ひいいっ……!』
部下たちは戦慄し、タシギに従って逃亡者たちを追っていく――
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