◆◆◆◆ 3-7 学士シュレイ ◆◆◆◆
酒宴のあと。
タイシンはひとり、酔い醒ましに庭へと出ていた。
【 シュレイ 】
「――焦大人、いかがなさいました?」
【 タイシン 】
「おや、これは……楽老師」
先ほど挨拶を交わした学士シュレイが、そこにいた。
【 タイシン 】
「いささか飲みすぎたようで……酔いを醒まそうと思いましてね」
【 シュレイ 】
「はは、それは私も同じことですよ」
そう言いつつ、月光に照らされた青年の顔には赤みはなく、透明なほどに青白い。
【 タイシン 】
「あなたは学士とのことですが……方術のたしなみもおありのようですね」
【 シュレイ 】
「これは……お気づきになりましたか」
【 タイシン 】
「先ほどの、両人の得物を鎖で絡め取った妙技――筆と墨を愛する文士のものとは、とうてい思えませんでした」
【 シュレイ 】
「いやはや、お恥ずかしい。以前、いささか神仙に憧れ、方術を学んだことがございました」
【 シュレイ 】
「しかしいかんせん俗気が抜けず、諦めてこうして地上に舞い戻ってきた次第です」
【 タイシン 】
「ほう……」
やはり、ただの書生ではないらしい。
【 シュレイ 】
「焦大人は、神仙の道にも明るいようで……」
【 タイシン 】
「いえいえ。商売柄、いろいろな人々に会ってきただけですよ」
【 シュレイ 】
「こちらには、商いのついでに来られたとか?」
【 タイシン 】
「ええ。天下をさすらい、商売のタネを探すのが、商人のなりわいですので」
【 シュレイ 】
「して、お目当てのものは見つかりましたかな」
【 タイシン 】
「さて、それは――」
【 シュレイ 】
「…………」
シュレイは一歩距離を縮め、
【 シュレイ 】
「すでに、見つけておられるのでは?」
【 タイシン 】
「おや、どうしてそう思われるのです?」
【 シュレイ 】
「率直に申し上げましょう」
さらに一歩つめて。
【 シュレイ 】
「貴方のお目当ては――――嶺将軍、その人では?」
【 タイシン 】
「ふふ」
タイシンは笑って、否定も肯定もしなかった。
【 タイシン 】
「では仮に、私のお目当てが将軍だとしましょう。なぜ、あの御仁を求めているとお思いです?」
【 シュレイ 】
「もとより、用心棒――ではないでしょうな。まして、商いの手伝いをさせる心づもりでもありますまい」
【 タイシン 】
「ふふ、たしかにあの御仁ならば、さぞかし有能な部下になってくれましょうが……」
【 タイシン 】
「しかしそれは、宝の持ち腐れというもの。牛刀をもって鶏を割くがごときでしょう」
【 シュレイ 】
「さよう、あの方はそもそも、このような片田舎で朽ち果てるような器ではありません」
【 タイシン 】
「それに関しては、私も同じ思いですね」
タイシンもうなずく。
【 シュレイ 】
「もし仮にですが……」
と、シュレイが続ける。
【 シュレイ 】
「あの方が、ふたたび世に出るとしたら――それはどのような形となりましょう?」
【 タイシン 】
「さてさて……私は一介の商人にすぎません。そのようなことは、楽老師の得意分野では?」
【 シュレイ 】
「さよう、されば仮説に仮説をかさねて、戯れに申し上げてみましょう」
と、シュレイは指を折りながら、
【 シュレイ 】
「ひとつ、乱れた世を正すべく、自立して天下に檄を飛ばし、みずから至尊の座を狙う覇者の道――」
【 タイシン 】
「ほほう、それはまた勇壮な……その他には?」
【 シュレイ 】
「ふたつ、このままあえて時勢を見極め、なにもせずじっと待ち続ける隠忍の道――」
【 タイシン 】
「ふむふむ、慎重なあの方ならありそうなことです。それ以外には?」
【 シュレイ 】
「みっつ、あえて虎口に飛び込み、死中に活を求める修羅の道――と、こんなところでしょう」
【 タイシン 】
「ほほう。覇者、隠忍、修羅……老師ならば、そのいずれの道をお薦めするので?」
【 シュレイ 】
「それは、もちろん――」
月明かりの下、学士の目が妖しく煌いた。
【 シュレイ 】
「――修羅の道をおいて、他にございません」
そう言って微笑むシュレイを、
【 タイシン 】
(抜き身の刃のような男だ)
内心で、タイシンはそう思った。
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