◆◆◆◆ 9-19 土性骨 ◆◆◆◆
【 グンム 】
「〈東寇〉、雷・ジンマか……仁義に篤い義侠の士、と噂されるだけのことはあるな」
己を大逆無道と罵ってきた相手のことを、グンムはそう評した。
【 グンム 】
「七年前に見かけた頃は、まだ青臭さの残る若い衆、といった風情だったが」
七年前の〈五妖の乱〉。
その戦場でグンムが見かけたジンマは、武骨で寡黙な武人……という雰囲気だった。
今や一地方を支配する統治者となった彼の器量がいかほどになったのか、それは定かではない。
【 ダンテツ 】
「散々な言われようですが……どうなさるおつもりで?」
【 グンム 】
「今は捨て置くさ。ジンマの縄張りは、はるか東の〈交龍〉だ。まさか、はるばる天子の助っ人に駆けつけもすまい」
【 ダンテツ 】
「……なるほど」
仮にジンマが出兵したとしても、帝都への道のりは遠いうえ、途中には中立を決め込んでいる軍閥たちが居座っており、容易ではない。
現時点では、脅威と見なす必要はなかった。
【 ダンテツ 】
「では、私はこれにて」
話が一区切りしたところで、ダンテツが腰を浮かせる。
【 グンム 】
「――ダンテツ卿、そろそろ司馬(千人隊長)に戻ってはどうだ?」
【 ダンテツ 】
「いえ、自分は失態を犯した身ですので。いずれ武功を挙げて、返り咲かせていただきます」
【 グンム 】
「む……そうか。それもよかろう」
一礼して、ダンテツは幕舎を出ていった。
【 グンム 】
(……つくづく、堅苦しい男だ)
つい先日、グンムはダンテツを責任者として残し、陣を離れた。
その最中に、宰相である烙・レツドウが変死するという事件が起きたのである。
【 ダンテツ 】
『――宰相閣下の不幸の責任は、我にあり』
と、ダンテツはみずから司馬から卒長(百人隊長)への降格を申し出て、今に至っている。
一方で、グンムの幕僚としての役目は変わらず果たしているが……
【 グンム 】
(あの男、俺に貧乏くじを引かされた……と思っているんだろうな)
実際、否定しかねるところなので、グンムにもいささか負い目がある。
さりとて今さら、あれは実は作戦だったのだ――などと伝えるのは、かえって野暮というものだろう。
【 グンム 】
(……まあ、あれくらいの土性骨がなくっちゃあ、物の役には立たないがな)
*土性骨……根性の意。
役立つ人材ほど、扱いが難しいというのは、よくあることだ。
【 グンム 】
(どうせ、すぐに合戦になる。手柄を立てやすい場所に配置してやるとしよう)
そんなことを思っていると、
【 ???? 】
「嶺将軍――よろしいですか?」
【 グンム 】
「ああ、かまわん」
幕舎に入ってきたのは、仮面をつけた男。
【 シュレイ 】
「――ご心配をおかけしました」
グンムの参謀格、〈神算朧師〉こと〈楽・シュレイ〉であった。
【 グンム 】
「おお、もう大丈夫なのか?」
【 シュレイ 】
「は、いささか、疲れが溜まっていただけでして……碧師弟から貰った強壮剤を飲んだところ、だいぶ落ち着きました」
【 グンム 】
「ほう、それは結構だ。弟弟子どのは、難儀だったようだが」
【 シュレイ 】
「そのようで……翠家のご令嬢に付き合わされて、ひどい目に遭ったとボヤいておりました」
【 グンム 】
「ま、無事でよかった、というところだな」
【 シュレイ 】
「まことに。……今後、このようなことは慎んでもらいたいものです」
【 グンム 】
「まったくだ」
頷いてみせつつ、グンムはシュレイを観察する。
【 グンム 】
(さほど、変わりはないようではあるが……)
いささか、覇気に欠けるように思われた。
心当たりとしては、
【 グンム 】
(みやこで異変が起こった……と聞いて以来だったか?)
己の計算が狂ったためか、考えることが増えたせいか……
【 グンム 】
(……まあ、人間、そういうこともあるだろうさ)
グンムは、あまり深く考えるのをやめた。
何しろ、他に考えるべきことはいくらでもあるのだ。
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