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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
31/421

◆◆◆◆ 3-6 グンムという男 ◆◆◆◆

 グンムの屋敷にて――


【 グンロウ 】

「――先ほどは、大変失礼つかまつったッ!」


 大男――すなわち〈レイ・グンロウ〉が、巨躯を縮こまらせて平伏していた。


【 グンム 】

「まったく、腕は立つのですが、とんだ粗忽そこつ者ゆえ……我が弟ながら、汗顔かんがんのいたりです。どうか、お許しください」


 グンムもまた頭を下げ、タイシンらに詫びる。


【 タイシン 】

「いえいえ、とんでもない――むしろ、よい立ち合いを見られて、眼福だったというもの」


 タイシンは気にした様子もない。


【 ユイ 】

「こちらこそ、短気を起こしてお騒がせしてしまい、申し訳ない限りにて……」


【 グンム 】

「ははは、なんのなんの。こちらこそ、世間に名高い〈風雲忍侠ふううんにんきょう〉殿の太刀筋を見られようとは、望外の喜びというもの」


 ユイの謝罪の弁を、グンムは快活に笑い飛ばした。


【 ユイ 】

(いい笑顔だな)


 人好きのする性分のようだ、とユイは思った。


【 楽軍師 】

「名高いといえば、天下の豪商、ショウ大人たいじんにお目にかかれるとは、光栄のいたり――」


 うやうやしく一礼したのは、さきほど仲裁に入った眉目秀麗びもくしゅうれいな文士風の男である。


【 タイシン 】

「過分なお言葉……将軍、こちらの方は?」


【 グンム 】

「我がむらの客人でしてね。博学多才で万巻の書を収めた学士ですが、官職も求めず、私の話し相手など務めている奇人ですよ」


【 タイシン 】

「ほう――?」


【 楽軍師 】

「〈ガク・シュレイ〉と申します。何とぞお見知りおきを」


 と、丁寧に一礼する。


【 タイシン 】

「こちらこそ、よしなに――」


 タイシンも礼を返しつつ。


【 タイシン 】

(――ただの、村夫子そんぷうしではないとみえる)

 *村夫子……田舎の学者先生の意。


 ちらりと己を刺したシュレイの眼光に、どこかタイシンは剣呑なものをおぼえていた。




【 グンロウ 】

「――いや、見事なものだッ! あんたほどの使い手は、めったにいねぇッ! さぁさぁ、もっと飲んでくれッ!」


【 ユイ 】

「そ、そりゃあどうも……」


 すっかりグンロウと意気投合(?)したユイは、幾度となく盃を酌み交わしていた。

 そうしつつも、視線の端にはタイシンをとらえている。

 よもや、この場でなにかが起きたりはすまいが……それでも、気を許してはならない。

 今、タイシンはグンムと差し向いで談笑しているところだ。

 そのやりとりに、そっと耳を澄ませてみると――




【 タイシン 】

「それにしても、あれほど腕の立つ弟者がいるとは存じませんでした」


【 グンム 】

「はは、それも道理。腹違いの弟なのですが、苦労を重ねたようで……武勇はなかなかのものですが、まだまだ小童同然です」


 いささか込み入った事情があるようだ、とタイシンは思った。


【 グンム 】

「それにしても、こんな辺鄙へんぴな里まで遠路はるばる訪ねてきていただけるとは、ありがたい次第です」


【 タイシン 】

「なに、近くまで来たもので……急にお訪ねして、お騒がせしました」


【 グンム 】

「いやぁ、とんでもない。グンロウは血の気が多くてまいります。私はただ、穏やかにすごしたいだけなのですが」


 レイ・グンムはちゅうにおける当代屈指の武将であり、七年前の〈五妖の乱〉をはじめ、数々の戦いで武勲を立てた。

 タイシンとは以前からの知己だが、じかに対面したのは久方ぶりである。


【 タイシン 】

「それにしても、はじめは耳を疑いましたよ。急にあなたが将軍の座を辞して、郷里にお帰りになるとは」


 それは、二年前のこと。

 グンムは突然官職を返上して、故郷に籠ってしまったのだ。


【 グンム 】

「なに、以前から決めていたことでしてね。多少の手柄を立てて財を成したら、のんびり過ごしたいものだと」


【 タイシン 】

「とはいえ、天下は多事多難な情勢……まだまだ、レイ将軍のなすべきことは多々あると存じますが?」


【 グンム 】

「いやいや、私などはたまたま武運に恵まれただけの凡才にすぎません」


 タイシンの言葉を、グンムは笑って否定してみせる。


【 グンム 】

「このうえは、名を辱めることのないよう身を慎み、平穏無事に生涯を終えられればそれで十分というものです」


【 タイシン 】

「それはご謙遜がすぎましょう。弟君をはじめ、将軍を慕う者たちも大勢集まっているではありませんか」


【 グンム 】

「いやはや、困ったものです。余計な嫌疑を買いたくないのですが……さりとて、慕ってくれる者たちを無下に追い払うわけにもいかず」


【 タイシン 】

「なるほど……」


 なお、幾杯か盃を重ねたところで。


【 タイシン 】

「ところで、今の朝廷の様子はご存じでしょうか?」


 と、タイシンが水を向ける。


【 グンム 】

「さぁ……旅の者からちらほらと聞くていどで、あまり詳しくは……」


【 タイシン 】

「〈皇叔の変〉以来、朝廷は国母さまと十二佳仙の羽振りがすこぶるよく、一方、宰相閣下は今一つ……といったところですね」


【 グンム 】

「そうですか……ちゅうの民のひとりとしては、天下が静謐せいひつであることを願うのみです」


 嘆息まじりに盃を空けるグンム。


【 タイシン 】

「…………」


 そんなグンムの様子を、タイシンはじっと見つめる。


【 タイシン 】

「まぁ、なにか入り用のおりは、ぜひご相談ください。将軍のお望みとあらば、たいていのものはご用意いたしましょう」


【 グンム 】

「はは、それはありがたい次第です。もっとも、さしあたりの望みは、日々を穏やかに過ごすこと、ただそれのみ――ですよ」

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