◆◆◆◆ 3-6 グンムという男 ◆◆◆◆
グンムの屋敷にて――
【 グンロウ 】
「――先ほどは、大変失礼つかまつったッ!」
大男――すなわち〈嶺・グンロウ〉が、巨躯を縮こまらせて平伏していた。
【 グンム 】
「まったく、腕は立つのですが、とんだ粗忽者ゆえ……我が弟ながら、汗顔のいたりです。どうか、お許しください」
グンムもまた頭を下げ、タイシンらに詫びる。
【 タイシン 】
「いえいえ、とんでもない――むしろ、よい立ち合いを見られて、眼福だったというもの」
タイシンは気にした様子もない。
【 ユイ 】
「こちらこそ、短気を起こしてお騒がせしてしまい、申し訳ない限りにて……」
【 グンム 】
「ははは、なんのなんの。こちらこそ、世間に名高い〈風雲忍侠〉殿の太刀筋を見られようとは、望外の喜びというもの」
ユイの謝罪の弁を、グンムは快活に笑い飛ばした。
【 ユイ 】
(いい笑顔だな)
人好きのする性分のようだ、とユイは思った。
【 楽軍師 】
「名高いといえば、天下の豪商、焦大人にお目にかかれるとは、光栄のいたり――」
うやうやしく一礼したのは、さきほど仲裁に入った眉目秀麗な文士風の男である。
【 タイシン 】
「過分なお言葉……将軍、こちらの方は?」
【 グンム 】
「我が邑の客人でしてね。博学多才で万巻の書を収めた学士ですが、官職も求めず、私の話し相手など務めている奇人ですよ」
【 タイシン 】
「ほう――?」
【 楽軍師 】
「〈楽・シュレイ〉と申します。何とぞお見知りおきを」
と、丁寧に一礼する。
【 タイシン 】
「こちらこそ、よしなに――」
タイシンも礼を返しつつ。
【 タイシン 】
(――ただの、村夫子ではないとみえる)
*村夫子……田舎の学者先生の意。
ちらりと己を刺したシュレイの眼光に、どこかタイシンは剣呑なものをおぼえていた。
【 グンロウ 】
「――いや、見事なものだッ! あんたほどの使い手は、めったにいねぇッ! さぁさぁ、もっと飲んでくれッ!」
【 ユイ 】
「そ、そりゃあどうも……」
すっかりグンロウと意気投合(?)したユイは、幾度となく盃を酌み交わしていた。
そうしつつも、視線の端にはタイシンをとらえている。
よもや、この場でなにかが起きたりはすまいが……それでも、気を許してはならない。
今、タイシンはグンムと差し向いで談笑しているところだ。
そのやりとりに、そっと耳を澄ませてみると――
【 タイシン 】
「それにしても、あれほど腕の立つ弟者がいるとは存じませんでした」
【 グンム 】
「はは、それも道理。腹違いの弟なのですが、苦労を重ねたようで……武勇はなかなかのものですが、まだまだ小童同然です」
いささか込み入った事情があるようだ、とタイシンは思った。
【 グンム 】
「それにしても、こんな辺鄙な里まで遠路はるばる訪ねてきていただけるとは、ありがたい次第です」
【 タイシン 】
「なに、近くまで来たもので……急にお訪ねして、お騒がせしました」
【 グンム 】
「いやぁ、とんでもない。グンロウは血の気が多くてまいります。私はただ、穏やかにすごしたいだけなのですが」
嶺・グンムは宙における当代屈指の武将であり、七年前の〈五妖の乱〉をはじめ、数々の戦いで武勲を立てた。
タイシンとは以前からの知己だが、じかに対面したのは久方ぶりである。
【 タイシン 】
「それにしても、はじめは耳を疑いましたよ。急にあなたが将軍の座を辞して、郷里にお帰りになるとは」
それは、二年前のこと。
グンムは突然官職を返上して、故郷に籠ってしまったのだ。
【 グンム 】
「なに、以前から決めていたことでしてね。多少の手柄を立てて財を成したら、のんびり過ごしたいものだと」
【 タイシン 】
「とはいえ、天下は多事多難な情勢……まだまだ、嶺将軍のなすべきことは多々あると存じますが?」
【 グンム 】
「いやいや、私などはたまたま武運に恵まれただけの凡才にすぎません」
タイシンの言葉を、グンムは笑って否定してみせる。
【 グンム 】
「このうえは、名を辱めることのないよう身を慎み、平穏無事に生涯を終えられればそれで十分というものです」
【 タイシン 】
「それはご謙遜がすぎましょう。弟君をはじめ、将軍を慕う者たちも大勢集まっているではありませんか」
【 グンム 】
「いやはや、困ったものです。余計な嫌疑を買いたくないのですが……さりとて、慕ってくれる者たちを無下に追い払うわけにもいかず」
【 タイシン 】
「なるほど……」
なお、幾杯か盃を重ねたところで。
【 タイシン 】
「ところで、今の朝廷の様子はご存じでしょうか?」
と、タイシンが水を向ける。
【 グンム 】
「さぁ……旅の者からちらほらと聞くていどで、あまり詳しくは……」
【 タイシン 】
「〈皇叔の変〉以来、朝廷は国母さまと十二佳仙の羽振りがすこぶるよく、一方、宰相閣下は今一つ……といったところですね」
【 グンム 】
「そうですか……宙の民のひとりとしては、天下が静謐であることを願うのみです」
嘆息まじりに盃を空けるグンム。
【 タイシン 】
「…………」
そんなグンムの様子を、タイシンはじっと見つめる。
【 タイシン 】
「まぁ、なにか入り用のおりは、ぜひご相談ください。将軍のお望みとあらば、たいていのものはご用意いたしましょう」
【 グンム 】
「はは、それはありがたい次第です。もっとも、さしあたりの望みは、日々を穏やかに過ごすこと、ただそれのみ――ですよ」
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