◆◆◆◆ 9-8 美酒 ◆◆◆◆
一方その頃、街道をゆく人馬の影、三つ。
【 ホノカナ 】
「はぁっ、ふぅっ……ふぅうっ……」
【 ゼンキョク 】
「副頭目――お疲れのようですね」
【 ホノカナ 】
「い、いえっ、大丈夫ですっ!」
みやこを出て数日、一目散に馬を走らせてきたが、さすがに疲労の色がうかがえる。
【 ゼンキョク 】
「無理は禁物です。少し、休憩するとしましょうか」
【 セイレン 】
「…………」
【 ホノカナ 】
「で、でもっ、そんなに悠長にしてるわけにはっ……そうですよね、セイレンさんっ!」
【 セイレン 】
「…………(ふわぁ~)」
【 ホノカナ 】
「馬上で失神してるぅー!?」
【 ゼンキョク 】
「……やはり、休憩が必要なようですね。いい具合に、居酒屋も見えますし」
見れば、街道沿いに飲み屋が一見、ぽつんと建っている。
一同は、そこで一息つくことにした。
【 セイレン 】
「おやじさん、とりあえず濁酒お願いします! あと、肉のいいところを何切れか! ああ、ホノカナ殿は飲めないのでしたね? では酒ふたつにお茶を一つで! あと饅頭も!」
【 ホノカナ 】
「あっという間に元気になりましたね……」
【 ゼンキョク 】
「まあ、メリハリは大事ですので」
【 酒屋のおやじ 】
「お客さんがた、どちらに行かれるんで?」
酒や茶を持ってきた店主が尋ねる。
【 セイレン 】
「ふふふ、よくぞ聞いてくれましたね! それはもちろん、叛乱軍――いったぁ!?」
ブスリ、とセイレンの手に鍼が刺さっていた。
うかつなことは言うな――という、ゼンキョクからの無言の注意である。
【 セイレン 】
「あっ……でも気持ちいい……力が抜けていくぅ……んふぅん……」
【 ホノカナ 】
「あっ……え、ええっと、南の方に行くつもりなんです!」
【 酒屋のおやじ 】
「ほぉ、もしかして、嶺将軍の軍に参加されるんので?」
【 ホノカナ 】
「えっ? ええっと……」
【 ゼンキョク 】
「ほう、もうその噂が届いていましたか。私たちも、どうしたものかと迷っているところですが……そういった人は多いのですか?」
【 酒屋のおやじ 】
「ええ、あちこちから集まってるみたいですよ。嶺将軍に仕えれば食いっぱぐれはないし、恩賞も思いのままだ、ってね」
【 ゼンキョク 】
「ほほう、ずいぶんと人気なようだ」
【 酒屋のおやじ 】
「そりゃあ、前にみやこを出発してこのあたりを通ったときも、嶺将軍の軍隊はしっかりしてて、民百姓に迷惑をかけたりしなかったですしね」
【 ゼンキョク 】
「なんでも、今の天子を廃そうとしているそうですが……?」
【 酒屋のおやじ 】
「らしいですなあ。まあ、誰が天子さまになったところで、私どもの暮らしにはたいして関係ありませんがね」
【 ホノカナ 】
「…………」
【 酒屋のおやじ 】
「さぁ、できましたよ。どうぞどうぞ」
【 セイレン 】
「おおっ、美味しそうですねぇ~! いただきま~すっ!」
【 セイレン 】
「ん~、ちょっと味つけが濃い目ですね! でも疲れてるときはこれくらいのほうが……もぐもぐ、ゴクゴク!!」
【 ホノカナ 】
「……っ、いただきます……」
と、ホノカナも出てきた料理に箸をつける。
【 ホノカナ 】
(……世間の人たちにとっては、ヨスガ姉さまより嶺将軍の方が……?)
【 ゼンキョク 】
「――どうやら、相手は世論誘導も巧みなようです。厄介ですね」
【 ホノカナ 】
「でもっ、姉さまは何も悪いことはっ……」
【 ゼンキョク 】
「人は利によって動くものですからね。まあ、利のみで動くわけでもありませんが」
【 ホノカナ 】
「うう……納得いきません……もぐもぐっ……」
釈然としないながらも、食欲は旺盛なホノカナであった。
【 ホノカナ 】
「これ美味しいですねっ、セイレンさん――」
【 セイレン 】
「…………」
【 ホノカナ 】
「ええー!? もう酔い潰れちゃったんですかぁ!?」
……と、ツッコミを入れたそばから。
【 ホノカナ 】
「……ん……なんだか……わたしも、すごく、眠くなって、きて……」
【 ゼンキョク 】
「…………」
【 ホノカナ 】
「ふぁ……あぁぁぁ……ん……」
……ドサッ……
そのままホノカナも、卓の上に突っ伏し、寝息を立てはじめた――
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