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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
304/421

◆◆◆◆ 9-4 血統 ◆◆◆◆

 ちゅう帝国の中枢において、風雲ふううん急を告げる中……


【 童子 】

「……っ、ハァ、ハァッ……!」


 深い山の中を、ひとりの童子が走っている。

 年のころは、十二、三というところか。

 色白で小ぎれいな格好からして、猟師や流浪者の類とは思われない。

 息を乱して駆けている姿は、必死そのもの。


【 童子 】

「ぜぇ、ぜぇっ……こ、ここまで、来ればっ……ハァ、ハァアッ……」


 ハァハァと呼吸を荒げつつ、その場にへたり込む。


【 声 】

「――お疲れでしょう。飲まれますか」


【 童子 】

「あ、ああ、ありがとう――って、うわぁあっ!?」


 差し出された水筒を手に取ったものの、仰天して飛び上がる童子。

 いつの間にか、背後に何者かが迫っていたのだ。


【 別の童子 】

「散歩も結構ですが――」


 と、落ちた水筒を拾いながら。


【 別の童子 】

「ひとりでお出かけになるのはおやめください、殿下。このあたりも、なにかと物騒ですので」


 淡々と告げるのは、同じくらいの年頃とおぼしい童子である。

 まだあどけなさを残しつつ、日に灼けた肌は精悍さも感じさせ、鋭い目つきはひどく大人びている。


【 童子 】

「……っ、う、ううっ……」


 殿下と呼ばれた童子は、その場に力なくうずくまる。


【 童子 】

「どうして……どうしてだよっ……どうして、ぼくを放っておいてくれないんだよっ……!」


【 別の童子 】

「それは――あなたが比類なく高貴な血筋に生まれたからです、殿下」


【 童子 】

「そんなの……好きで生まれたわけじゃない……! おまけに、父上のせいでっ……ぼくは……ぼくはっ……!」


【 別の童子 】

「…………」


【 童子 】

「……わかってるさ。逃げ出したところで、行くところなんて、どこにもありゃしない……ぼくは、ひとりじゃ、なんにもできないっ……」


【 童子 】

「ただのワガママ、ただの甘えだって、そう言いたいんだろう、アルカナ!」


【 アルカナ 】

「いえ……心中、お察しいたします。たとえ私があなたの立場だとしても、やはり逃げ出したくなりましょう、トウマ殿下」


【 トウマ 】

「……うっ、う、うぅぅっ……」


 顔を覆ってすすり泣くこの童子こそ、〈エン・トウマ〉――

 先の〈皇叔の変〉において敗死した皇族・タクマの忘れ形見。

 現在の天子・ヨスガからすると、従弟にあたる。

 そして、その側に仕える若者は……


【 アルカナ 】

「殿下、どうか、今しばらくのご辛抱を――」


 と、言いかけたところで、


【 アルカナ 】

「――――ッ!」


【 トウマ 】

「うわあっ!?」


 ――ドサッ!!


 トウマの首根っこを掴んだアルカナが、見かけによらぬ剛力を発揮し、勢いよく投げ飛ばす。

 同時に腰から剣を抜き、


 ――キンッ! ガキンッ!!


 飛んできた物体を、次々と斬り飛ばす。


【 アルカナ 】

「殿下、私の後ろに!」


【 トウマ 】

「う、うううっ……」


 トウマをかばって身構えるアルカナ。


【 ???? 】

「また腕を上げたようだな、坊や――いや、〈万風彩騎ばんぷうさいき〉!」


【 アルカナ 】

「! その、声は――」


 樹の上から、音もなく男が舞い降りてきた。


【 アルカナ 】

「――戯れが過ぎるのではありませんか、ユイ殿!」


【 ユイ 】

「なぁに、ちょっとした挨拶だ。本気じゃなかっただろ? 投げたのも木の実だしな」


 そう告げるのは、〈風雲忍侠ふううんにんきょう〉こと〈虎王コオウ・ユイ〉。


【 アルカナ 】

「私はともかく、殿下を驚かせ、このような目に遭わせるとは……不遜でありましょう!」


 遠くまで放り投げたのはお前だろう……とはユイは言わず、


【 ユイ 】

「それもそうだ。殿下、驚かせて申し訳ない」


【 トウマ 】

「い、いや……構わぬ……が、そなたが、来たということは……」


【 アルカナ 】

「! もしや――」


【 ユイ 】

「ああ、その通りだ。……いよいよ、時は来た」


【 アルカナ 】

「そうですか……いよいよ、殿下が、至尊しそんの座に――」


【 トウマ 】

「う、うぅぅっ……」


【 アルカナ 】

「そしてっ……ようやくっ……姉上をお迎えに行けるのですね! 姉上っ……あぁ……姉上、やっと……やっとお会いできます! ぼくがどれだけ成長したか、お見せできるときが、ついに! ああ、姉上っ……!」


【 ユイ 】

「…………」


 アルカナは姓をリンといい、峰東ほうとうの出身である。

 すなわち、彼こそが――リン・ホノカナ、その実の弟であった。

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