◆◆◆◆ 9-4 血統 ◆◆◆◆
宙帝国の中枢において、風雲急を告げる中……
【 童子 】
「……っ、ハァ、ハァッ……!」
深い山の中を、ひとりの童子が走っている。
年のころは、十二、三というところか。
色白で小ぎれいな格好からして、猟師や流浪者の類とは思われない。
息を乱して駆けている姿は、必死そのもの。
【 童子 】
「ぜぇ、ぜぇっ……こ、ここまで、来ればっ……ハァ、ハァアッ……」
ハァハァと呼吸を荒げつつ、その場にへたり込む。
【 声 】
「――お疲れでしょう。飲まれますか」
【 童子 】
「あ、ああ、ありがとう――って、うわぁあっ!?」
差し出された水筒を手に取ったものの、仰天して飛び上がる童子。
いつの間にか、背後に何者かが迫っていたのだ。
【 別の童子 】
「散歩も結構ですが――」
と、落ちた水筒を拾いながら。
【 別の童子 】
「ひとりでお出かけになるのはおやめください、殿下。このあたりも、なにかと物騒ですので」
淡々と告げるのは、同じくらいの年頃とおぼしい童子である。
まだあどけなさを残しつつ、日に灼けた肌は精悍さも感じさせ、鋭い目つきはひどく大人びている。
【 童子 】
「……っ、う、ううっ……」
殿下と呼ばれた童子は、その場に力なくうずくまる。
【 童子 】
「どうして……どうしてだよっ……どうして、ぼくを放っておいてくれないんだよっ……!」
【 別の童子 】
「それは――あなたが比類なく高貴な血筋に生まれたからです、殿下」
【 童子 】
「そんなの……好きで生まれたわけじゃない……! おまけに、父上のせいでっ……ぼくは……ぼくはっ……!」
【 別の童子 】
「…………」
【 童子 】
「……わかってるさ。逃げ出したところで、行くところなんて、どこにもありゃしない……ぼくは、ひとりじゃ、なんにもできないっ……」
【 童子 】
「ただのワガママ、ただの甘えだって、そう言いたいんだろう、アルカナ!」
【 アルカナ 】
「いえ……心中、お察しいたします。たとえ私があなたの立場だとしても、やはり逃げ出したくなりましょう、トウマ殿下」
【 トウマ 】
「……うっ、う、うぅぅっ……」
顔を覆ってすすり泣くこの童子こそ、〈焔・トウマ〉――
先の〈皇叔の変〉において敗死した皇族・タクマの忘れ形見。
現在の天子・ヨスガからすると、従弟にあたる。
そして、その側に仕える若者は……
【 アルカナ 】
「殿下、どうか、今しばらくのご辛抱を――」
と、言いかけたところで、
【 アルカナ 】
「――――ッ!」
【 トウマ 】
「うわあっ!?」
――ドサッ!!
トウマの首根っこを掴んだアルカナが、見かけによらぬ剛力を発揮し、勢いよく投げ飛ばす。
同時に腰から剣を抜き、
――キンッ! ガキンッ!!
飛んできた物体を、次々と斬り飛ばす。
【 アルカナ 】
「殿下、私の後ろに!」
【 トウマ 】
「う、うううっ……」
トウマをかばって身構えるアルカナ。
【 ???? 】
「また腕を上げたようだな、坊や――いや、〈万風彩騎〉!」
【 アルカナ 】
「! その、声は――」
樹の上から、音もなく男が舞い降りてきた。
【 アルカナ 】
「――戯れが過ぎるのではありませんか、ユイ殿!」
【 ユイ 】
「なぁに、ちょっとした挨拶だ。本気じゃなかっただろ? 投げたのも木の実だしな」
そう告げるのは、〈風雲忍侠〉こと〈虎王・ユイ〉。
【 アルカナ 】
「私はともかく、殿下を驚かせ、このような目に遭わせるとは……不遜でありましょう!」
遠くまで放り投げたのはお前だろう……とはユイは言わず、
【 ユイ 】
「それもそうだ。殿下、驚かせて申し訳ない」
【 トウマ 】
「い、いや……構わぬ……が、そなたが、来たということは……」
【 アルカナ 】
「! もしや――」
【 ユイ 】
「ああ、その通りだ。……いよいよ、時は来た」
【 アルカナ 】
「そうですか……いよいよ、殿下が、至尊の座に――」
【 トウマ 】
「う、うぅぅっ……」
【 アルカナ 】
「そしてっ……ようやくっ……姉上をお迎えに行けるのですね! 姉上っ……あぁ……姉上、やっと……やっとお会いできます! ぼくがどれだけ成長したか、お見せできるときが、ついに! ああ、姉上っ……!」
【 ユイ 】
「…………」
アルカナは姓を鱗といい、峰東の出身である。
すなわち、彼こそが――鱗・ホノカナ、その実の弟であった。
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