◆◆◆◆ 8-60 献杯 ◆◆◆◆
【 ヤクモ 】
「……もう十年早ければ、私も貴公と手を携え、天下を狙っていたかもしれぬな」
【 グンム 】
「…………」
【 ヤクモ 】
「だが、私ももう歳だ。そんな大仕事に乗り出すほどの気力は、さすがにない」
【 グンム 】
「それはご謙遜でしょう。将軍は、いまだ頑健そのものでは?」
【 ヤクモ 】
「肉体の方は、頑丈な生まれつきゆえ、まだ無理もきくが……問題は、気力だ。がむしゃらさ、といってもよい」
【 ヤクモ 】
「貴公らのように、一か八かの目にかけて熱くなれるほどではない、ということだ。こたびの合戦で、最後に一花咲かせてくれようかと思っていたが……それも、かなわぬようだしな」
【 グンム 】
「…………」
【 ヤクモ 】
「――まあ、それは私自身の話にすぎん。我が軍の中で、貴公らに手を貸したいという者があれば、止めはせん」
【 グンム 】
「……とどのつまり、将軍ご自身は出馬しないが、協力はしていただける――と?」
【 ヤクモ 】
「端的に言えば、そういうことだ」
【 グンム 】
「……ありがたい次第です」
と、グンムは手を重ねて一礼する。
【 グンム 】
「しかし、参りましたな」
【 ヤクモ 】
「と、いうと?」
【 グンム 】
「これより我々は、君側の奸を除く……とかなんとか、そんなお題目を掲げて、帝都へ向かうことになるわけですが――」
【 グンム 】
「この“義軍”の盟主は、翠閣下にお願いしたいと思っていましたので」
*義軍……正義を行うと称する軍隊の意。
【 ヤクモ 】
「厄介事を年寄りに押しつけるな。せいぜい、血と汗と悪名にまみれて、励むがいい」
にべもなく突っぱねるヤクモ。
*にべもなく……そっけなく、取りつくしまもない、の意。
【 グンム 】
「これは手厳しい……ま、受けていただければ儲けもの、というところではありましたが」
ずけずけと言うグンムの面の皮の厚さも、相当なものであった。
【 グンム 】
「しかし、諸軍の取りまとめには、将軍にもいささか骨折りしていただかねばならぬかと」
【 ヤクモ 】
「昔のよしみだ。その程度は、やぶさかではない」
【 グンム 】
「かたじけなく――」
【 ヤクモ 】
「さて、こんなところか。後のことは、うまくやってもらうとしよう。……一杯、もらおうか」
【 グンム 】
「は――」
グンムが酒瓶を取り、ヤクモの盃をなみなみと満たす。
【 ヤクモ 】
「もう一人、いるようだな。一杯やらぬか」
ヤクモの呼びかけに、暗がりから人影が歩み出る。
【 ユイ 】
「――すでに、お気づきでしたか」
姿を見せた虎王・ユイが、深々と一礼する。
【 ヤクモ 】
「やはり、そなたか。なに、誰かいるような気がする……という程度の話だ」
【 グンム 】
「ユイ殿は私の護衛……まあ、見張りと言った方が適切ですが、護衛についてくれていました。それが、宰相にとっては不運でしたな」
【 ヤクモ 】
「……この件、焦家はどうするのだ?」
【 ユイ 】
「さて……しかし、我らはもともと、宰相閣下個人を支持していたわけではありません。その謀に協力しておりましたので」
【 ヤクモ 】
「なるほど、それを嶺将軍が受け継ぐなら、問題はないと?」
【 ユイ 】
「あくまで私の推測ですが……そうなるかと」
【 ヤクモ 】
「――なるほど、な。まあ、小難しい話は、もうよかろう」
と、ユイに盃を手渡す。
【 ユイ 】
「はっ……」
恭しく受け取るユイ。
【 ユイ 】
「されば……烙宰相に――」
【 ヤクモ 】
「うむ」
【 グンム 】
「…………」
三人は、故人に献杯し、盃を空にした。
その後は、お決まりの酒宴となったが、
【 グンム 】
「――やれやれ、ユイ殿がいてくれてよかった。翠将軍の飲み方は、尋常じゃあないからなぁ」
【 ヤクモ 】
「ふん、昔ほどではないさ」
……などと、言いつつ。
その後、まっさきにユイが酔い潰れ、グンムが酔いが回って朦朧となる中、なおヤクモは平気な顔をしていたという――
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