◆◆◆◆ 8-58 巨星堕つ ◆◆◆◆
……北岸で凶事が起きて、しばしの後。
【 グンム 】
「…………」
翠軍の陣中にて。
嶺・グンムは、手にした紙片を睨み、押し黙っていた。
と、そこへ、
【 ミナモ 】
「――ようやく起きられたのですね、嶺将軍! 寝坊助にもほどがありましてよ!」
声もかけずにいきなり幕舎に入ってきたのは、翠・ミナモであった。
【 グンム 】
「お――おお、お嬢様か。どうかしたのか?」
【 ミナモ 】
「どうしたもこうしたもありませんわ! そもそも、ここは父上の幕舎ですのよ!」
【 グンム 】
「そういやぁそうだったな。ちと疲れが溜まってたもんで、つい寝過ごしちまったんだ、勘弁してくれ」
【 ミナモ 】
「はぁ……一軍の将になられたというのに、変わりませんのね、グンムさんは」
と、呆れ顔のミナモ。
【 グンム 】
「そう呼ばれるのも久しぶりだな。俺もミナモちゃんと呼んだ方がいいか?」
【 ミナモ 】
「お、おやめくださいっ! わたくし、もう小娘ではありませんのよ! 立派な淑女にして、武人なのですからっ!」
【 グンム 】
「…………」
武人なのは疑う余地もないが、淑女かどうかは、判断が分かれるところではありそうだった。
【 グンム 】
「それより……父上からのお召しかな?」
【 ミナモ 】
「ええ、歓待の宴を開きたいとのことですわ! 本当は昼間に催すつもりでしたが、貴方がいつまでも起きないのでっ!」
【 グンム 】
「すまんすまん。……ちょっと支度があるから、外に出ててもらえるか?」
【 ミナモ 】
「心得ましたわ。……なるべくお早めに!」
【 グンム 】
「ああ、わかってるって、ミナモちゃん」
【 ミナモ 】
「その呼び方はおやめくださいっ……!」
【 グンム 】
「は、は、は……」
【 グンム 】
「…………」
ミナモが去り、ひとりになった後……
【 グンム 】
「……さて、ちょっと話がある。出てきてくれぬか」
そうぽつりと口にすると、ややあって、
【 ???? 】
「――お気づきでしたか」
声だけが返ってくる。
【 グンム 】
「いやなに、状況から判断しただけさ」
【 グンム 】
「貴公が本気になれば、その隠れ身、俺が見破れるはずもあるまい。そうであろう? 風雲忍侠殿よ」
グンムの視線の先の暗がりから、人影が浮かび上がる。
【 ユイ 】
「――では、そういう状況になった、ということですか」
虎王・ユイが問う。
【 グンム 】
「しかり、だ。……これを見てもらおう」
と、グンムが紙片を差し出す。
【 グンム 】
「こいつは、楽老師の小道具でな。……遠く離れた相手に情報を伝えることができるってわけだ。まあ、あまり遠いと無理だそうだが」
【 ユイ 】
「これは……」
そこに記された短い文に、ユイは息を呑んだ。
――烙宰相、卒す。
*卒する……貴人が亡くなる意。
――その原因、定かならず。
【 ユイ 】
「烙宰相がっ……!? これは……本当にっ?」
【 グンム 】
「戯れにしては、いささか度がすぎるであろうよ」
【 ユイ 】
「…………っ」
【 グンム 】
「もし貴公がそばにいれば、恐らくこのようなことにはなっていまい? であれば、俺のところにいる……と見るのが妥当というものだ」
【 ユイ 】
「…………っ」
グンムの見立て通り、ユイはレツドウの命で、彼の護衛――見張りというべきか――についていた。
【 グンム 】
「なにか言いたそうだな、ユイ殿」
【 ユイ 】
「…………」
【 グンム 】
「――俺の差し金で、宰相が殺された……そう思ってるんじゃないか?」
【 ユイ 】
「それは――」
【 ユイ 】
「――今朝の翠将軍との話からすれば、十分、ありうることでしょう」
【 グンム 】
「確かにそうだ。まあ、あれこれ釈明する気はないがね」
【 グンム 】
「しかし、貴公には悪いことをしたと思ってる。タイシン殿から、宰相を助けるよう命じられていたのだろう?」
【 ユイ 】
「……命じられたわけじゃありませんよ。頼まれただけです。宰相の謀に協力してくれ、とね」
【 グンム 】
「ははぁ、なるほどな。任侠の徒っていうのはそういうもんか」
【 グンム 】
「さて、それでどうする? 宰相の仇討ちでもするかね」
【 ユイ 】
「――――っ」
ユイの刺すような眼光が、グンムを貫く――
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