◆◆◆◆ 8-56 悪縁 ◆◆◆◆
【 レツドウ 】
「……どうやら、ここまでのようだな」
すべてを諦めたように、レツドウは目を閉じた。
【 シュレイ 】
「…………」
【 レツドウ 】
「後生だ、せめて最後に、末期の詩を書き残させてはもらえまいか?」
【 シュレイ 】
「ほう……さすがは宰相閣下、風流なことです。よろしいでしょう」
【 レツドウ 】
「されば――」
と、レツドウは懐に手を伸ばすと、金の糸が織り込まれた袋を取り出した。
そして、包みを解き――
――ドシュッ!
【 レツドウ 】
「ぐあっ!?」
悲鳴とともに、レツドウは中身を取り落とした。
その手の甲には、矢が突き立っている。
【 シュレイ 】
「やはりお持ちでしたね――おっと、拾おうなどとはなさらぬことです」
シュレイの視線は、地に落ちた札に向けられていた。
そこには、見知らぬ文字が記されている。
【 シュレイ 】
「さしづめ、いずこかへ一瞬にして移動する呪符……といったところでしょうか。なるほど、実に逃げ上手の貴方らしい」
【 レツドウ 】
「ぐっ……うぬっ……ぬうぅっ……!」
手を押さえながら、唸り声をこぼすレツドウ。
【 森羅の女戦士 】
「一思いに心の臓を射抜いても、構わぬのか?」
いつの間にか、シュレイの傍らで、全身に勇ましい刺青を刻んだ女戦士が矢を構えていた。
【 シュレイ 】
「お待ちあれ、ヴァンドーラ殿。まだ、話がありますので」
【 聡きヴァンドーラ 】
「む……ならば、待とう」
森羅の女王に仕える戦士〈聡きヴァンドーラ〉。
かつて〈神弓姫〉こと翠・ヤクモと弓で争った使い手である。
その彼女が、シュレイと共にいるということは、
【 レツドウ 】
「ぬっ、ううっ……! 森羅と、結託していたか……!」
【 シュレイ 】
「貴方が我がものにしようとした森羅の兵に討たれるというのも、因果なものではありますな」
【 レツドウ 】
「うっ……ぐ、ぬううっ……」
【 シュレイ 】
「――とはいえ、貴方も長年、一国の宰相を務めた御方……敬意を表して、相応しき者を招くとしましょう」
【 レツドウ 】
「…………っ?」
【 シュレイ 】
「――“律”!」
シュレイは懐から呪符を取り出すと、印を結ぶ。
すると、地に太極の図が浮かび――
ゆらりと、人影が立ち上がった。
【 レツドウ 】
「!? お、お前は――」
【 タシギ 】
「――ははぁん……? なるほどね……そういうワケか」
銀・タシギは、即座に状況を把握した。
つい先ほどのこと、かつて楽・シュレイから受け取った例の紙片に、文字が浮かび上がった。
そこには、
――大事の時、来たる。
――大功を立てる志があるならば、応じよ。
と、あった。
事情はよくわからないまま、
【 タシギ 】
(ふーん? まあ、付き合ってやってもいいか)
そんな気軽な気持ちで応じたとたん、突然周りが光に包まれたかと思うと……
気づけば、見知らぬ場所にいたのだった。
そして、そこには――
【 レツドウ 】
「タシギ……お前かっ……!」
【 タシギ 】
「…………」
浅からぬ縁のある宰相、烙・レツドウと……
【 シュレイ 】
「よくぞ招きに応じてくださった、銀司馬」
【 タシギ 】
「あのさぁ……いきなり呼び出されるなんて、聞いてなかったんだけど?」
【 シュレイ 】
「失礼した――なにぶん、急なことだったので。さて、この状況、あれこれ説明する必要はありますまい?」
【 タシギ 】
「あァ――わかるとも。アタシがなんのために呼ばれたか、ってのはね」
その目が、レツドウに向けられる。
【 レツドウ 】
「…………っ!」
それは、彼がよく知っている、血に飢えた残忍なまなざし。
レツドウの背筋を、冷たいものが走った――
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