◆◆◆◆ 8-50 誤算 ◆◆◆◆
一方その頃、官軍の陣中においては……
【 レツドウ 】
「…………」
幕舎にあって、宰相の烙・レツドウは落ち着かない状態にあった。
【 レツドウ 】
(……もう、グンムはヤクモと会っている頃か?)
グンムがなにを企んでいるのか……
考えられるものとしては、
【 レツドウ 】
(あやつは、保身が第一の男……ならば、もっとも安全な道を選ぶはず)
だとすれば、
【 レツドウ 】
(……ヤクモの庇護を求めるつもりか?)
いわば、亡命のような形であろうか。
ヤクモとグンムはかつての同僚であり、付き合いも長いと聞く。
【 レツドウ 】
(武人同士の絆、とやらか)
そのグンムから頼られれば、ヤクモもその身柄を保護するくらいのことはするだろう。
今後、グンムはレツドウの陣になんのかんのと理屈をつけて――病になったとかどうとか――留まるつもりでもあろうか。
【 レツドウ 】
(……私としたことが、いささか、心配しすぎであったかもしれぬ)
つい、苦笑する。
疑心暗鬼に陥って、不必要なまでに警戒心を抱いてしまったところもあっただろうか。
【 レツドウ 】
(あんな小者のことはどうでもよい。それよりも……)
この先は、朝廷に巣食う輩をはじめ、さらなる大物たちを相手にしなくてはならぬ。
そして、さらにその先には……
【 レツドウ 】
(我が大願、必ずや……果たしてみせよう)
と、レツドウが決意を新たにしているところへ……
【 兵士 】
「か、閣下っ! 一大事です……!」
血相を変えた兵士が駆けこんできた。
【 レツドウ 】
「なにごとだ? 騒々しいっ……」
【 兵士 】
「て、敵がっ……森羅の軍が、こちらに迫っておりますっ!!」
【 レツドウ 】
「なんだと……!?」
レツドウは、耳を疑った。
【 レツドウ 】
「――状況を報告せよ」
急報に驚愕したレツドウであったが、しばしのち、諸将を集めた頃には、落ち着き払った態度を見せていた。
【 ダンテツ 】
「は――」
副将としてグンムの留守を任されている〈鋼骨陣〉こと汐・ダンテツが応じる。
【 ダンテツ 】
「岳東にて、我が軍は森羅の軍と対峙しておりましたが……」
【 ダンテツ 】
「森羅の奇襲により、当方は大敗……森羅の兵はそのままの勢いで、こちらに進撃中――とのことです」
【 レツドウ 】
「…………っ」
【 グンロウ 】
「うぬっ……なんということだっ……楽軍師がいながらっ……!」
【 レツドウ 】
「……それで、こちらはどうする?」
【 ダンテツ 】
「は……無論、迎撃する所存」
【 ダンテツ 】
「東方の軍が敗れたりと言えども、こちらの軍勢は約八万、片や森羅の軍は四万ほどとか……」
【 ダンテツ 】
「それに、あちらははるばる東方より遠征してきており、疲労も溜まっておりましょう。勝ちに乗じた勢いがあろうとも、負けることはありますまい」
【 レツドウ 】
「……むう……」
【 ダンテツ 】
「ただ、この機に乗じて翠将軍が軍を北上させたならば、厄介なことになりますが……」
【 レツドウ 】
「それは……なかろう」
【 ダンテツ 】
「……と、申されると?」
【 レツドウ 】
「……この期に及んでは、秘していても仕方あるまい。実は――」
と、レツドウは、ヤクモと和睦の話が進んでいること、グンムが敵陣へと赴いたのは先方の真意を計るためである、ということを説明した。
【 ダンテツ 】
「ほう。……なるほど、嶺将軍がみずから敵陣に乗り込むとは、あまりに大胆と思っておりましたが……そういう次第でしたか」
【 レツドウ 】
「そういうことだ。しかし……」
【 ダンテツ 】
「森羅の軍には、その話は伝わっていなかったかもしれませぬな」
【 レツドウ 】
「……起きてしまったことは仕方がない。だが、これ以上の衝突は無意味というものだ」
【 レツドウ 】
「誰か使者を立てて、森羅の軍を説かねばなるまい」
【 ダンテツ 】
「それは……しかし、あちらが信用するかどうか?」
【 レツドウ 】
「だが、そうせねば無駄に兵を損ずることになろう。……誰か、適任の者はおらぬのか?」
【 ダンテツ 】
「されば……」
と、ダンテツはしばし黙っていたが、やがて口を開いた。
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