◆◆◆◆ 8-49 大器 ◆◆◆◆
【 ヤクモ 】
「――もしも貴公が、天下万民のためなどと、綺麗ごとを並べるようなら、信じるには値しないところであった」
【 グンム 】
「…………」
【 ヤクモ 】
「だが……貴公の本質は、昔と変わっていないようだ。良くも悪くも、な」
【 グンム 】
「お褒めにあずかり、恐縮です」
【 ヤクモ 】
「……褒めたつもりはなかったが?」
【 グンム 】
「おや、そうでしたか」
【 グンム 】
「では――賛同していただけるということですな?」
【 ヤクモ 】
「勘違いせぬことだ。今のところ、私にとってはどちらでも構わぬ。生き残るのが貴公であれ、宰相であれ、な」
【 ヤクモ 】
「せいぜい、お手並みを拝見するとしよう。その先の話は、それからだ」
【 グンム 】
「ごもっともです。……あぁ、柄にもなく肩ひじ張った話をしたおかげで、くたびれましたよ」
と、大きく伸びをするグンム。
【 ヤクモ 】
「ずいぶん余裕のようだが、これからどうする?」
【 グンム 】
「まあ、私のほうは、しばしこちらで厄介になるくらいですな。向こうで片がつくまで」
【 ヤクモ 】
「……ことが成らずば、どうする?」
【 グンム 】
「それは、その時に考えるとしましょう。ふぁあぁ……朝が早かったせいで、眠くなってきました。寝台をお借りしても?」
【 ヤクモ 】
「どうあっても、しばらくは居座るつもりらしいな」
【 グンム 】
「果報は寝て待て――というわけです。では、失礼……」
そう言ってグンムは寝台に寝そべると、たちまち寝息を立てはじめた……
【 ヤクモ 】
「……呆れた男だ」
寝台に寝転がるグンムを見て、ヤクモは呟く。
【 ヤクモ 】
(豪胆さを見せるための、ハッタリかと思ったが……)
どうやら、本当に寝ているようだ。
【 ヤクモ 】
(……これは、一本取られたか)
無防備な姿をさらすことで、己の赤心を示す――
口で言うのはたやすいが、実践するのは決して容易なことではない。
【 ヤクモ 】
(まあ、いささか芝居がかってはいるがな)
すべてがグンムの意ではあるまい、とヤクモは見た。
おそらく、裏に絵図を描いた者がいるのだろう。
【 ヤクモ 】
(とはいえ、演じ切れるなら、大したものではある)
この男が、果たしてどこまでやれるのか?
【 ヤクモ 】
(……定めねば、なるまいな)
その頃、ヤクモの幕舎の外では……
【 ミナモ 】
「うぅ……父上と嶺将軍……いったい、どんな話をされているんですのっ……?」
ミナモが、落ち着かなさそうにうろついていた。
【 タシギ 】
「ちっ、うっとうしいっ……静かにできねェのか、お嬢さまはっ?」
【 ミナモ 】
「はぁあっ? 貴方ごときに四の五の言われる筋合いはございませんわっ! 宿舎で待っていればよろしいでしょうっ!」
【 タシギ 】
「フン、そうしたいのはやまやまだけど、一応は護衛なんでね。……血の気の多いヤツが、乗り込んでこねェとも限らないだろうが」
【 ミナモ 】
「無礼なっ……! そんな礼儀知らずで物騒な輩、我が軍にいるはずもありませんわっ!」
【 タシギ 】
「はぁ~っ? ついさっき、いきなり矢を射かけてきたヤツが言うセリフかよっ!」
などと、女ふたりが言い争っている脇で……
【 ドリュウ 】
「ぬう……実際、実際のところ、あの男は、なんのために来たのだ?」
【 タイザン 】
「さぁ……わかりかねます」
翠・ドリュウの疑問に、三ツ羽のタイザンが首を振っていた。
【 ドリュウ 】
「お前は、どうして、どうしてそんなに落ち着いていられるっ?」
【 タイザン 】
「なにがあろうと、我らは大王とともに戦うのみ……それさえ間違わなければ、迷うことはありますまい」
【 ドリュウ 】
「む、むむ……それは……それはそうだっ! 我らはつねに、翠大王とともに……!」
【 タイザン 】
「ええ、大王とともに――」
【 タイザン 】
(そう、なにがあろうと……)
【 タイザン 】
(……ただし、我らが一族のためになる限り、ではあるが)
それはひとりタイザンのみでなく、ほとんどの飛鷹の民が抱く本音ではあるのだった。
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