◆◆◆◆ 8-44 適材 ◆◆◆◆
【 タシギ 】
「嶺将軍――どういうおつもりで?」
【 グンム 】
「どういう、とは?」
部将たちが解散したあと、ひとり残ったタシギがグンムに問う。
【 タシギ 】
「なんでアタシが護衛役なワケ? あのデカブツ以外にも、腕の立つヤツはいくらもいるでしょうに」
【 グンム 】
「さっきも言っただろう? 無骨な男を連れていくよりは、見目麗しい女子の方が適任――と判断しただけのことだ」
*見目麗しい……顔が美しい、容貌が整っているの意。
【 タシギ 】
「フゥン……?」
【 タシギ 】
「ま、アタシが見目麗しくて、可憐で、匂い立つような美人だっていうのは、確かだけれど――」
【 グンム 】
(……そこまでは言ってないけどな)
と、内心で呆れつつ、
【 グンム 】
「――もし気が乗らないというなら、考え直そう。もとより、敵地に乗り込む以上、危険な役目なのは言うまでもないことだからな」
【 タシギ 】
「――いや、やりますよ。ご命令とあらば、ね」
【 グンム 】
「ならば結構だ。明朝すぐに立つ。支度をしておいてくれ」
【 タシギ 】
「…………」
【 グンム 】
「まだ、なにか?」
【 タシギ 】
「いえ。……それでは」
一礼して、タシギはグンムの前を辞した。
【 グンム 】
「…………」
【 タシギ 】
(あの男……なにを考えてやがる?)
グンムの幕舎を離れながら、タシギは首を傾げていた。
【 タシギ 】
(アタシが、宰相の飼い犬だってことは、とうに承知の上のはず……)
にもかかわらず、あえて自分を護衛に選んだのは……
【 タシギ 】
(なにか、企んでるってことか……?)
それがなにかは、わからないが。
【 タシギ 】
「…………」
先だって、グンムの参謀・シュレイから受け取った紙片を取り出してみる。
それは、いまだ白紙のままであった。
【 タシギ 】
「ちっ……」
タシギは舌打ちして、その足でひそかにレツドウの下へと向かった。
【 レツドウ 】
「ふむ……そうか」
【 タシギ 】
「…………」
タシギからの報告を受けたレツドウは、しばし黙り込んでいたが、
【 レツドウ 】
「……わかった。お前はそのまま、グンムの命に従え」
【 タシギ 】
「……それで構わないワケ?」
【 レツドウ 】
「うむ。恐らく、危険はあるまいが……不測の事態は起きうる。その場合は――そうだな、臨機応変にやれ」
【 タシギ 】
「ふ~ん……」
【 レツドウ 】
「なんだ? なにか、言いたそうだな」
【 タシギ 】
「……これが、前に言ってた機会ってヤツなんじゃないの? あの大将を始末するためのさぁ」
【 レツドウ 】
「……かもしれぬ。しかし……」
【 タシギ 】
「…………」
【 レツドウ 】
「……やはり、今はまだその時ではなさそうだ。せいぜい、役目を果たすがいい」
【 タシギ 】
「ふ~ん……まぁ、それならそれで、やるけどさぁ……」
【 レツドウ 】
「…………」
【 レツドウ 】
(……まるで、なにか仕掛けてください、と言わんばかりだな)
タシギがレツドウの子飼いの臣であることを、グンムが知らぬはずはない。
それでもあえて、彼女を己の護衛に選んだのは……
【 レツドウ 】
(こちらへの、挑発か?)
その可能性は、否定できない。
【 レツドウ 】
(……迂闊には乗れぬな)
もしグンムが敵陣において襲われるようなことがあれば、肝心の和睦がご破算になりかねない。
むしろ、タシギには命に代えてもグンムを守らせねばならぬ――少なくとも、敵陣を離れるまでは。
【 レツドウ 】
(小細工を弄しおって……この私を出し抜くつもりか? 笑止な……!)
身の程知らずな田舎者ふぜいに、足元をすくわれてたまるものか――と、レツドウは眉をひそめる。
【 タシギ 】
「…………」
そんなレツドウを、タシギは無言で見つめていた……
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