◆◆◆◆ 8-38 餞別 ◆◆◆◆
【 シュレイ 】
「――師父、お呼びでしょうか」
【 流渦深仙 】
「あァ……来たか」
霊峰〈幽聖岳〉にある仙洞のひとつにて……
シュレイが対峙しているのは、師である〈流渦深仙〉。
すなわち、神仙のひとりである。
【 流渦深仙 】
「あたしは、まだるっこしいことは嫌いだ。はっきり言おう」
【 流渦深仙 】
「てめェ、あんまり才能ねェわ」
【 シュレイ 】
「……左様、ですか」
【 流渦深仙 】
「フン、驚かねェのか?」
【 シュレイ 】
「多少、修行させていただいたことで、己の力量はいささか見えております。……碧師弟などに比べると、私は到底……」
【 流渦深仙 】
「まァそれでも、何十年か修行すりゃア、ちょっとした方術も使えるようになって、並みの人間よりは長生きできるだろうよ」
【 流渦深仙 】
「だが、てめェの望みは、そうじゃあるまい?」
【 シュレイ 】
「……お気づき、でしたか」
【 流渦深仙 】
「フン、あたしを誰だと思ってるンだ? てめェみたいな小僧っ子とはわけが違うンだよ」
【 シュレイ 】
「は……お見それいたしました」
【 流渦深仙 】
「ンなことはいい。それで、だ。これ以上ここで修行しても、てめェは並みの方士にしかなれねェ。だから、このあたりで踏ん切りをつけな」
【 シュレイ 】
「……っ、破門――と、いうことでしょうか」
【 流渦深仙 】
「べつに、そこまでは言わねェ。ま、発展的師弟関係の解消、ってヤツだな」
【 シュレイ 】
「……申し訳ございません。せっかく弟子にしていただいたにもかかわらず……」
【 流渦深仙 】
「仕方ねェさ。てめェには別の生き方があるンだろ? そっちで頑張るこった。手品ていどの術は仕込んでやったし、せいぜい生かすことだな」
【 シュレイ 】
「ははっ……」
【 流渦深仙 】
「さて、楽・シュレイ――いや、まことの名で呼んだ方が良いか?」
【 シュレイ 】
「……っ、そこまでお見通しとは……」
【 流渦深仙 】
「フン、それくらいは想定内だっただろ。てめェのそういう小賢しいところ、あたしは嫌いじゃアない」
【 流渦深仙 】
「そこで、だ。餞別をくれてやろうと思ってな」
と、流渦深仙はいずこからか書物を取り出し、目の前に置いた。
【 シュレイ 】
「それは――もしやっ?」
【 流渦深仙 】
「そう、世にいう〈天書三巻〉だ。〈三絶〉、すなわち原初の神仙によって記されたと伝わる、秘伝の書――」
【 流渦深仙 】
「――まあ、こいつは写本だから、本物ほどの力はねェけどな。しかし、地上で用いるなら、これで十分だろ」
【 流渦深仙 】
「この三巻のうち、一巻をてめェにくれてやろう」
【 シュレイ 】
「……っ! よ、よろしいのですかっ?」
【 流渦深仙 】
「こう見えても、あたしは弟子思いだからな。ま、うまく使えるかどうかは、てめェ次第だが」
【 流渦深仙 】
「まず、〈天の巻〉。これには、風を呼んだり雷を招いたり、果てには空から星を落としたりといった、まあ、ものすごい方術のタネが書かれてる」
【 流渦深仙 】
「それから〈地の巻〉。こいつには、宙全土の地理が詳しく記されてたり、大地を揺らしたり河水を操ったりといった方術について書かれてある」
【 流渦深仙 】
「最後に〈人の巻〉。これには、人心掌握の術や、兵法の極意、さらには情報収集に役立つこまごまとした術なんぞが、あれこれ記されてる」
【 流渦深仙 】
「――と、中身はそんなところだ。一巻だけくれてやろう。どれがいい?」
【 シュレイ 】
「はっ、それでは――」
シュレイは一礼すると、所望の書を口にした。
その選択が、彼の運命を大きく変えることになるのである――
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