◆◆◆◆ 8-37 天書 ◆◆◆◆
……岳東に滞陣中の森羅軍は、窮地にあった。
水が合わないせいか、病を発する将兵が続出していたのだ。
女王が祈祷で癒そうとするも、森羅の地から遠く離れたことで加護が薄れたのか、思うようにいかず、困り果てていた。
このままでは、撤退もやむなしか……と、思われたとき。
ふいに、通りすがりの方士がやってきて、癒しの水を分け与え、森羅の将兵の病を癒してくれたのである。
感謝する女王らと、方士は少しばかり語らった末、名も告げずに立ち去ったのだった。
のちに広まった、噂によれば。
――かの方士は、敵陣の官軍の将の弟弟子にあたる。
――その将が、森羅の軍が病に苦しんでいると聞いて同情し、彼を派遣したのだ、と。
それを聞いた森羅の女王は、宙軍にも心ある者がいると知って、大いに感銘を受けたのだった……
【 グンム 】
「――ほう、弟弟子どのを動かしたのか?」
【 シュレイ 】
「その通りです……と、言いたいところですが」
シュレイは苦笑する。
【 シュレイ 】
「碧師弟は、他人に命令されて動くような者ではありませんので」
森羅の陣に赴いた方士とは、シュレイの弟弟子である〈雲竜飛聖〉こと碧・サノウ、その人。
そもそも、シュレイの陣にやってきたのも、兄弟子の助太刀に駆けつけた……というわけではさらさらなく、いわば興味本位で現れただけにすぎない。
そしてある日、ふと姿が見えなくなった。
またどこかへ、薬草採りにでも行っていたのかと思いきや……。
【 グンム 】
「つまりアレか? 勝手に敵陣に赴いて、勝手に敵兵を癒しちまった、ってことか?」
【 シュレイ 】
「…………」
シュレイは無言で頷いた。
【 グンム 】
「いやはや、つくづく方士ってのは度し難いな。……それで?」
【 シュレイ 】
「彼から話を聞いた時は、さすがに、いささか頭に血が昇りましたが……」
【 シュレイ 】
「……ふと思い直したのです、これは利用できそうだ、と。そこで、私の差し金だった――という噂を流したというわけです」
【 グンム 】
「ほう……なるほどな。それで、森羅軍と渡りをつけたと?」
【 シュレイ 】
「そこまでのことではありませんが……話次第では、交渉の席にはついてもらえる余地はあるかと」
【 グンム 】
「ふむ……そこまで手を打ってるなら、策も立ててるんだろうな?」
【 シュレイ 】
「は、ここに一計があります。――ただし、賭けにはなりますが」
【 グンム 】
「ま、仕方ないさ。絶対に安全な道なんてものはありゃしねえ。聞かせてもらおうじゃないか」
【 シュレイ 】
「それでは――」
…………
……………………
………………………………
【 グンム 】
「……ふうむ。確かに、そいつはなかなかの賭けだな」
シュレイから策を聞かされたグンムは、さすがに即断しかねた。
【 シュレイ 】
「ですが、これくらい思い切った手を打たねば……」
【 グンム 】
「そうだな。勝算は見込めぬ、か」
【 グンム 】
「――よし、わかった。やろう!」
グンムは立ち上がった。
慎重ではあるが、臆病ではない男である。
ひとたび腹をくくれば、大胆なことも辞さない。
【 シュレイ 】
「さすがの即決ぶり……ではさっそく、段取りをつけるとしましょう」
と、シュレイは懐から一冊の書物を取り出した。
【 グンム 】
「お……もしや、それが話に聞く〈天書〉ってやつか?」
【 シュレイ 】
「はい。師父より授かりし品です。……ご覧になりますか」
【 グンム 】
「いや、やめておこう。仙才がない凡夫が触っても、毒にしかなるまい?」
【 シュレイ 】
「これは写しですので、そこまでのことはございませんが……」
シュレイの持つ天書、とはいったい何であるのか?
そのいわれは、さかのぼること、幾星霜――
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