◆◆◆◆ 8-29 捨身 ◆◆◆◆
【 ヤクモ 】
「ふむ……」
一気に約五十人にまで増えたユイの影に包囲され、ヤクモは髭を撫でた。
【 ヤクモ 】
「なかなかの芸よな。旅芸人としてもやっていけるのではないか?」
【 ユイたち 】
『お褒めにあずかり、恐悦至極――』
【 ユイたち 】
『――さて、カイリン殿。今度は見てるだけはなしだ。俺が隙を作るから、あんたは全力で、ぶつかってみろ』
【 カイリン 】
「……っ、わかっていル……!」
手にした剣を構え直すカイリン。
【 ヤクモ 】
「…………」
【 ユイたち 】
『――参る』
【 カイリン 】
「…………ッ」
今度こそ決着がつくかと、思われたとき……
【 ゾダイ 】
「――っ、お待ちくだサイッ!」
ヤクモを庇うようにして、大萬天・ゾダイが割って入った。
【 ヤクモ 】
「御坊――」
【 ゾダイ 】
「カイリン殿! あなたのことは、飛鷹の民の間でも、評判になっておりマス……!」
【 カイリン 】
「ムム……なんだ、オマエはっ?」
【 ゾダイ 】
「申し遅れました、拙僧は大萬天・ゾダイと申す者、三貴教の尼僧にて!」
【 カイリン 】
「ム……最近、民の中にも信者が増えていると聞ク……その尼が、どうシタッ?」
【 ゾダイ 】
「あなたのご尊父、カイザン殿は、翠将軍との一騎討ちにて、命を落とされたとか……その仇を討たんとしているのでショウ?」
【 カイリン 】
「知れたコト! まさか、仇討ちなどやめよ――などと、たわけたことを説くのではあるまいナ……!」
【 ゾダイ 】
「いえ――先日、それなる侠士殿にも説きましたが……
」
【 ゾダイ 】
「我らの教えは、赦すコト……されど、赦せないコトがあるのも、また人の世というものデス」
【 カイリン 】
「…………」
【 ゾダイ 】
「――デスが今、翠将軍は岳南・岳東に暮らす数多の衆生を守る大役をみずから負っておられマス」
【 ゾダイ 】
「カイリン殿も、無辜の民が苦しむコトを望んではおられマスまい?」
*無辜……罪がないの意。
【 カイリン 】
「そ、それは――」
【 ゾダイ 】
「で、あれば……恨みを捨て、仇討ちを諦めよ――などとは申しマセン。それは、聖人でなければ難しいコトなれば……」
【 ゾダイ 】
「ゆえに、しばしの間、その仇討ち、待ってはもらえマセンか? ……そう、せめて、南方の地に平穏が訪れるまでは」
【 カイリン 】
「――――ッ」
【 ゾダイ 】
「……もとより、ただで、とは申しマセン」
【 ゾダイ 】
「代価として、この首、あなたに差し上げマショウ――」
【 カイリン 】
「……はアッ? ナニを言っていル……!? オマエは関係あるマイ!」
【 ゾダイ 】
「いかにも……その無関係な拙僧が、願いを聞いてもらおうと言うのデスから、それくらいの代償は払わなければなりマスまい!」
【 ヤクモ 】
「御坊――」
【 ゾダイ 】
「……勝手な物言いをお許しください、将軍」
【 ゾダイ 】
「されど、拙僧はすでに教えに身を捧げし者……今、天下万民のために捨身することに、ためらいなどございません――」
【 ヤクモ 】
「…………っ」
【 ゾダイ 】
「さあ、どうかこの首、刎ねてくださいマセ――」
【 カイリン 】
「ぬ、ヌヌヌ……!」
迷いの目をユイに向ける。
【 ユイ 】
「……俺の決めることじゃない。すべては、あんた次第だ」
いつしか、影は消え、ユイはひとりに戻っていた。
【 カイリン 】
「ヌッ……ヌ、ヌウウウ……!」
カイリンはしばし歯噛みしていたが、
【 カイリン 】
「クッ……アタシッ……アタシ、はっ……!」
ブックマーク、ご感想、ご評価いただけると嬉しいです!




