◆◆◆◆ 8-23 死地 ◆◆◆◆
【 周囲の兵士 】
「あの老人っ……まさか、翠・ヤクモかっ!?」
【 周囲の兵士 】
「まさか、こんなところにいるはずがっ……いやしかし、あの体つきっ……!?」
【 周囲の兵士 】
「大将首だっ……! いくら豪傑だろうと、一斉にかかればっ!」
色めきだった兵士たちが、一斉に抜刀し、ヤクモらを取り囲む。
悪所に遊びに来た輩とはいえ、戦地の兵には違いない。
たちまち勲功に飢えた目を血走らせ、剣を煌かせている。
【 ゾダイ 】
「……っ、大人……!」
【 ヤクモ 】
「む……」
いささか厄介なことになった――と、ヤクモは思った。
己ひとりならば、血路を開いて逃げ延びることは、そう難しくはないが……
ゾダイを連れてとなると、これは簡単ではない。
体術において決して凡人に劣るものではない彼女だが、この数が相手では分が悪いであろう。
【 ヤクモ 】
(これは――ちと、慢心がすぎたかな)
歴史をひもとけば、名だたる英雄が、思わぬ形で非業の最期をとげている。
むろん、戦場における死も多いが、ありえないほど大胆な……言い換えれば無防備な行動を取った末に、あっけなく命を落とす、ということも決して珍しくはない。
今回の件も、ヤクモなりに熟慮の末、罠ではあるまいと判断して、敵地に乗り込んできたわけだが……
【 ヤクモ 】
(天運尽きたり――と、いうことか?)
あるいはそうかもしれない、と老雄は考える。
これまで、幾多の合戦に参加し、数えきれないほどの敵を殺し、また味方を死なせてきた。
そのこと自体に、武人としてなんら恥じるところはない。
破壊や殺人を楽しんだことは一度もなく、できうるかぎり、無用な殺生は控えてきた。
とはいえ、だ。
いずれは己にも順番が回って来るであろうことは、疑いようもなかった。
【 ヤクモ 】
(もとより、床の上で穏やかに死ねるなどとは、思ってもいなかったが……)
よもや、こんなところが己の死地になろうとは――
と、思わず自嘲する。
だが、これもまた運命というものかもしれない。
【 ヤクモ 】
(後のことは――まあ、若い者たちがどうにかするであろうよ)
残される者たちのことを思うと、いささか気の毒ではあった。
しかし、多少は早くなったが、いずれ来るべきときがきた、とも言える。
あれこれ腹をくくってしまえば、ヤクモの決断は早い。
【 ヤクモ 】
「御坊、私がこやつらを引きつける。その間に、逃れられよ」
【 ゾダイ 】
「そんなっ……大人っ、どうか拙僧にはお構いなくっ!」
【 ヤクモ 】
「そうもいくまい」
と、苦笑を向ける。
【 ヤクモ 】
「女子を見捨てて逃げたとあっては、このヤクモ、末代までの名折れゆえな」
【 ヤクモ 】
「――さて、そなたはどうする?」
【 カイリン 】
「ム、ムムム……!」
【 カイリン 】
「父の仇は、アタシが討ツ……! こんなトコロで死んでもらってハ、困ルッ!」
と、ヤクモに背を向け、宙兵たちと対峙するカイリン。
【 ヤクモ 】
「ほう、仇に手を貸すのか?」
【 カイリン 】
「仕方ナイ! 仇討ちは、後回しダッ……!」
と、そこへ、
【 周囲の兵士たち 】
「うおおおッ……!」
佩刀を抜いた兵たちが、一斉にヤクモめがけて殺到してくる。
【 周囲の兵士 】
「天下無双の弓使いだか知らないが、弓もないっ!」
【 周囲の兵士 】
「おおっ、もらったっ……!」
【 周囲の兵士 】
「一番手柄だっ!」
老将軍の身をナマス斬りにせんと、刃を繰り出し、四方から斬りかかっていく――
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