◆◆◆◆ 8-17 名乗り ◆◆◆◆
ヤクモは、客座にゆったりと腰を下ろす。
【 ユイ 】
「…………っ」
その間、ユイは老将から目を逸らすことができなかった。
身に寸鉄も帯びておらず、甲冑も着ていないというのに、この尋常ではない威圧感はどうであろう。
*寸鉄……小さい刃物や武器の意。
【 ユイ 】
(……これほど、とはな)
これまでそれなりの人間に会ってきたユイだが、ここまで人として位負けし、気圧されてしまうような思いを抱いたのは、久方ぶりだった。
気づけば、じっとりと脇の下に汗がにじんでいる。
【 ユイ 】
(互いに素手なら、やれるかとも思ったが……)
〈神臂公〉、すなわち弓の達人として名高いヤクモ。
当然、今は弓矢を携えてはいない。
至近距離ならば斃せるかとも見込んでいたが、それですら容易ではなさそうだ、とユイは肌で感じていた。
【 ユイ 】
(……だが、今さら後に退けはしない……)
そんなユイの複雑な心情を知る由もなく、
【 レツドウ 】
「壮健そうでなによりだ、翠将軍」
【 ヤクモ 】
「そちらこそお元気そうですな、烙閣下」
まるで久方ぶりに会った知己同士のごとく、さりげない挨拶を交わす両者。
このヤクモを相手にしてもまるで気後れした様子もないあたり、レツドウもやはり凡人ではない――とユイは感嘆した。
【 レツドウ 】
「骨を折って頂いて感謝する、ゾダイ殿」
【 ゾダイ 】
「いえ――これも、無用な争いを避け、衆生を救うためなれば」
ヤクモに同行してきた尼僧、大萬天・ゾダイが一礼する。
――今回の密会は、レツドウが彼女を介して、ヤクモに直接会談を申し込んだことから始まっていた。
もっとも、さらにさかのぼれば。
ゾダイがタイシンの紹介状を手にレツドウのもとを訪れた時から、すべては始まっているのだが。
【 ヤクモ 】
「そちらの御仁――どこかで会ったことがあったかな?」
【 ユイ 】
「……っ、いえっ……」
ヤクモの眼差しに、つい身を強張らせてしまう。
なんとふがいない――と恥じ入りつつも、この相手では無理もないとすら思える。
隠形の術で近くまで迫ったことはあっても、姿を見られたことはないはずだが……気配で悟っているのであろうか。
【 ユイ 】
「申し遅れました。お初にお目にかかります、手前は焦家の身内、姓は虎王、名はユイと申す若輩者――」
【 ユイ 】
「――こたびは、焦大人の名代として同席させていただいております。何とぞお引き回しのほど、よろしくお願い申し上げます」
動揺を押し殺しつつ、お決まりの仁義を切ってみせる。
*仁義を切る……任侠の徒などによる初対面の挨拶。
【 ヤクモ 】
「ほう、これは痛み入る。風雲忍侠殿の名は、この辺地にも届いておりますとも」
【 ユイ 】
「はっ――恐縮です」
心からの言葉であった。
あるいは、ゾダイから話を聞かされていたのかもしれないが。
【 ヤクモ 】
「さて――さっそくお話をうかがいましょう、閣下」
用意された酒や料理に手をつけることもなく、ヤクモが切り出す。
【 レツドウ 】
「うむ、お互い忙しい身ゆえな。前置きはいるまい」
ヤクモをじっと見つめ、レツドウは口を開いた。
【 レツドウ 】
「――このいくさ、終わりにせぬか、翠将軍」
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