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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
248/421

◆◆◆◆ 8-17 名乗り ◆◆◆◆

 ヤクモは、客座きゃくざにゆったりと腰を下ろす。


【 ユイ 】

「…………っ」


 その間、ユイは老将から目を逸らすことができなかった。

 身に寸鉄すんてつも帯びておらず、甲冑も着ていないというのに、この尋常ではない威圧感はどうであろう。

 *寸鉄……小さい刃物や武器の意。


【 ユイ 】

(……これほど、とはな)


 これまでそれなりの人間に会ってきたユイだが、ここまで人としてくらい負けし、気圧されてしまうような思いを抱いたのは、久方ぶりだった。

 気づけば、じっとりと脇の下に汗がにじんでいる。


【 ユイ 】

(互いに素手なら、やれるかとも思ったが……)


 〈神臂公しんぴこう〉、すなわち弓の達人として名高いヤクモ。

 当然、今は弓矢を携えてはいない。

 至近距離ならばたおせるかとも見込んでいたが、それですら容易ではなさそうだ、とユイは肌で感じていた。


【 ユイ 】

(……だが、今さら後に退けはしない……)


 そんなユイの複雑な心情を知る由もなく、


【 レツドウ 】

「壮健そうでなによりだ、スイ将軍」


【 ヤクモ 】

「そちらこそお元気そうですな、ラク閣下」


 まるで久方ぶりに会った知己同士のごとく、さりげない挨拶を交わす両者。

 このヤクモを相手にしてもまるで気後れした様子もないあたり、レツドウもやはり凡人ではない――とユイは感嘆した。


【 レツドウ 】

「骨を折って頂いて感謝する、ゾダイ殿」


【 ゾダイ 】

「いえ――これも、無用な争いを避け、衆生シュジョーを救うためなれば」


 ヤクモに同行してきた尼僧、大萬天ダイマンテン・ゾダイが一礼する。

 ――今回の密会は、レツドウが彼女を介して、ヤクモに直接会談を申し込んだことから始まっていた。


 もっとも、さらにさかのぼれば。

 ゾダイがタイシンの紹介状を手にレツドウのもとを訪れた時から、すべては始まっているのだが。


【 ヤクモ 】

「そちらの御仁――どこかで会ったことがあったかな?」


【 ユイ 】

「……っ、いえっ……」


 ヤクモの眼差しに、つい身を強張らせてしまう。

 なんとふがいない――と恥じ入りつつも、この相手では無理もないとすら思える。

 隠形の術で近くまで迫ったことはあっても、姿を見られたことはないはずだが……気配で悟っているのであろうか。


【 ユイ 】

「申し遅れました。お初にお目にかかります、手前はショウ家の身内、姓は虎王コオウ、名はユイと申す若輩者じゃくはいもの――」


【 ユイ 】

「――こたびは、ショウ大人たいじん名代みょうだいとして同席させていただいております。何とぞお引き回しのほど、よろしくお願い申し上げます」


 動揺を押し殺しつつ、お決まりの仁義を切ってみせる。

 *仁義を切る……任侠の徒などによる初対面の挨拶。


【 ヤクモ 】

「ほう、これは痛み入る。風雲忍侠ふううんにんきょう殿の名は、この辺地にも届いておりますとも」


【 ユイ 】

「はっ――恐縮です」


 心からの言葉であった。

 あるいは、ゾダイから話を聞かされていたのかもしれないが。




【 ヤクモ 】

「さて――さっそくお話をうかがいましょう、閣下」


 用意された酒や料理に手をつけることもなく、ヤクモが切り出す。


【 レツドウ 】

「うむ、お互い忙しい身ゆえな。前置きはいるまい」


 ヤクモをじっと見つめ、レツドウは口を開いた。


【 レツドウ 】

「――このいくさ、終わりにせぬか、スイ将軍」

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