◆◆◆◆ 8-11 護国の誓い ◆◆◆◆
【 静夜夫人 】
「そうだ。私は商人ではあるが、ただ、己の利だけを考えているわけではない」
【 静夜夫人 】
「この国を……この天下を護るために、動いている。きみに、その手助けを頼みたい」
大仰な話だが、女は大まじめに語っている。
【 朽縄 】
「――――っ……」
【 静夜夫人 】
「さて、どうかな?」
【 朽縄 】
「……本当、なのか?」
【 静夜夫人 】
「ん?」
【 朽縄 】
「本当に――あんたは……天下のために、働いてるのか?」
【 静夜夫人 】
「ああ、これは誓ってもいい。もし、私が道を外れていると思ったなら、離れるなり、この首を獲りに来るなり、好きにすればいい」
【 朽縄 】
「…………」
【 朽縄 】
「あんたはさっき……占いで俺が来るのがわかった、って言ってたな。あれは……本当か?」
【 静夜夫人 】
「そうだね、あれは半ばは本当で、半ばは嘘だ」
【 朽縄 】
「…………っ?」
【 静夜夫人 】
「私が占いを得意としているのは事実だ。しかし、今宵、きみがここに来たのは、私の差し金さ」
【 朽縄 】
「……やっぱり、裏切り者がいるってことか」
【 静夜夫人 】
「人聞きが悪いな。内通者と言って欲しいね」
朽縄の言葉に、女は苦笑する。
【 朽縄 】
「同じようなもんだろうがッ……」
【 静夜夫人 】
「まあまあ。それで、どうするね? このまま猟犬のように、上に言われるまま生きるのか、また別の人生を送るのか。二つに一つだ」
【 朽縄 】
「――――っ」
心が動かないはずはない。
このまま、人殺し稼業を続けるより、ずっとやりがいのありそうな道ではある。
しかし……
【 朽縄 】
「……楽な生き方を選べ、っていうのか?」
【 静夜夫人 】
「そうは言わない。なぜなら、私たちと共に行く方が、ずっと困難な道だからね」
【 静夜夫人 】
「過酷さは、これまでの比ではないよ。なにしろ、人を殺すより、人を生かす方がずっと難しいことだ」
【 朽縄 】
「…………」
【 静夜夫人 】
「それでもなお、きみがこちらを選ぶというなら、それもいい。断るなら、もとの商売を続ければいいだけさ」
【 朽縄 】
「…………っ」
【 朽縄 】
「……話は、わかった」
【 静夜夫人 】
「ほう、その顔からすると、引き抜きに応じてくれるつもりのようだね。めでたいことだ」
【 朽縄 】
「……だが……」
【 静夜夫人 】
「なにか、心配事でもあるのかな?」
【 朽縄 】
「……っ、里を、裏切るのは……」
【 静夜夫人 】
「ああ、そういうことか。なに、心配はいらないよ」
【 静夜夫人 】
「実は、もう聖真理会と話はつけてあるんだ」
あっさりと、重大なことを告げてきた。
【 朽縄 】
「……はッ……?」
【 静夜夫人 】
「きみの“移籍金”は、すでにあちらに支払ってある。快く……かどうかはわからないけれど、ちゃんと身柄を譲ってくれたとも」
【 静夜夫人 】
「だから、裏切り者呼ばわりされる心配はないさ。もし里帰りするときがあれば、ちょっと気まずいかもしれないけれど」
【 朽縄 】
「……っ、ぁ、あんたは……いったい……?」
【 静夜夫人 】
「ふむ、今さら隠すこともないか」
静夜夫人と名乗っていた女は、ゆっくりと近寄ってきて、朽縄の手を取った。
【 静夜夫人 】
「私は〈焦・タイシン〉という。天下を巡る旅商人、というところさ」
【 朽縄 】
「ッ! では、焦家のッ……」
天下の物資流通を一手に担う、焦家の一族。
タイシンは、その中でも屈指の有力者として名高い。
【 タイシン 】
「まあね。だが、私がきみと共に行うのは、金儲けではない。……まあ、たまにはそれも必要だけれども」
【 タイシン 】
「先ほども言った通り、天下の、国を護るため――だ。手伝ってくれるね?」
【 朽縄 】
「……ッ、なんだか、まんまと騙されてる気がするッ……気がする、が……」
朽縄は、タイシンの手を握り返す。
いつしか、四肢の自由は戻っていた。
【 朽縄 】
「あんたを、信じてみよう。――今は」
【 タイシン 】
「それで結構だ」
タイシンは微笑した。
【 タイシン 】
「――ではさっそくだが、アカシ、よろしく頼むよ」
【 アカシ 】
「いやはや……かしこまりました、お嬢さま」
【 朽縄 】
「――うおッ!? な、なにをッ!?」
いきなり首根っこを掴まれ、引き起こされる。
【 タイシン 】
「きみは素質はいいが、まだまだ青い。しばらく、アカシに鍛えてもらうといい」
【 アカシ 】
「やれやれ。まあ、死なないていどにしごいてやるとしましょう」
【 朽縄 】
「ちょッ……お、おおおッ……!?」
アカシに引きずられながら、若者は、早くもいささか後悔しつつあったのだった――
――それから、アカシの下で修行を重ねて。
童子はいつしか名を〈虎王・ユイ〉と改め、幾多の武勇伝を重ね、世に〈風雲忍侠〉の異名で知られるようになったのである。
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