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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
240/421

◆◆◆◆ 8-9 女剣侠 ◆◆◆◆

 忽然こつぜんと姿を現したひとりの女。

 年のころは四、五十ほどか、どこにでもいそうな、気立てのいいおかみさんという風情である。

 だが、そんな女が、朽縄の必殺の一撃を受け止めているのだった。


【 朽縄くちなわ 】

(なんだ……この女ッ……!?)


【 静夜夫人せいやふじん 】

「悪いね、アカシ。ひとまず交渉は中断だ。ちょっと静かにさせてくれないか」


【 アカシ 】

「いやはや、簡単におっしゃってくれますが……この坊や、そう一筋縄ではいきそうにありませんよ」


 朽縄の刃を棒切れで受け止めたまま、呑気に応じている。


【 朽縄 】

「ちいッ……!」


 ――ダンッ!


 反動をつけて床を踏み、身を捻るようにして、いったん距離を取る。


【 朽縄 】

(この女……どこに潜んでいたッ……!?)


 まるっきり、気配を感じなかった。

 さながら、突然湧いて出たかのごとくである。


【 アカシ 】

「さてさて……お嬢さまの仰せじゃ仕方ありませんね。ちと、やりますか」


 アカシと呼ばれた女は、ちょっとした家事を頼まれたかのごとく、棒を軽く振り回しつつ、気楽な足取りで迫ってくる。


【 朽縄 】

「――――っ」


 朽縄もさるもの、戸惑いから立ち直り、冷静に相手を見定める。


【 朽縄 】

(こいつも、忍びの術の使い手か……!)


 先ほどは驚かされたが、分かってしまえばどうということはない。


【 朽縄 】

「――ふッ!」


 手にした匕首あいくちを投げつける。


【 アカシ 】

「む――」


 ――キィン!


 棒を振るって、匕首を打ち払う。

 その間に、朽縄は一気に距離を詰め、


【 朽縄 】

「ぬんッ!」


 強烈な貫手ぬきてで、女の臓腑ぞうふをえぐらんとする。


【 アカシ 】

「おっと――」


 食らえば胴を貫かれそうな一撃を、紙一重でかわす。


【 朽縄 】

「――ふッ!」


 体勢を崩したところへ、口に含んでいた針を顔目がけて放つ。


【 アカシ 】

「――――っ」


 この至近距離では、身をそらして避けるのは困難――と見えたが、


 ――カチッ!


【 朽縄 】

「なッ……!?」


 放たれた含み針を、女は歯で噛み取っていた。


【 アカシ 】

「――ふッ!」


【 朽縄 】

「うぉッ!?」


 お返しとばかりに針を打ち返され、危うく回避する。


【 アカシ 】

「いやはや、なかなかやるねえ、坊や」


【 朽縄 】

「…………ッ」


【 静夜夫人 】

「アカシ、くれぐれも穏便に頼むよ」


【 アカシ 】

「まぁまぁ、そのつもりですが……さぁ、そううまくいくかどうか?」


【 朽縄 】

「くッ……このッ……!」


 幼い頃はともかく、ここ数年間は、里においても文字通り子供扱いされたことなどなかった。

 指導者たちを相手の稽古においても、不覚を取ることはまずなかったのである。

 だが、今。


【 朽縄 】

(この女……強い!)


 忍びの者の心得のひとつに、


 ――勝てない相手とは戦わない。


 と、いうものがある。

 忍びが最優先すべきは任務の遂行であり、歯が立たない相手と接触したら、恥も外聞もなく、逃げるべきなのだ。

 この場合、標的を仕留めるというのが任務ながら、それを果たすのは容易ではない。


【 朽縄 】

(ここは、いったんここ引くべき――)


 というのが、忍びの者にふさわしい判断というべきだった。

 しかし……


【 朽縄 】

(舐められて、おめおめ逃げるなどッ……!)


 そんな感情が、理性を上回っていた。


【 朽縄 】

「――うぉッ!」


 ――ジャキン!


 両手の手甲に仕込んでいた刃を露わにして、女へ突き進む。


【 アカシ 】

「おやおや、ちょっと熱くなってるんじゃないかい?」


 と、見せかけて。


【 朽縄 】

「はあッ!」


 ――シュタッ!


【 アカシ 】

「おっ?」


 高々と跳躍し、天井を蹴って――


【 朽縄 】

「――もらったッ!」


【 静夜夫人 】

「――――っ」


 背後にいる静夜夫人とやらを刺し貫かんとする――


【 アカシ 】

「…………っ!」


 ――ドスッ!!


 朽縄の刃が、主を庇おうとした女の胸を刺し貫く。

 すべては、彼の目論見どおり……

 ……の、はずだった。


【 朽縄 】

「……なッ!?」


 確実に手ごたえはあったにもかかわらず、女の姿は煙のように消え失せていたのだった。

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