◆◆◆◆ 8-9 女剣侠 ◆◆◆◆
忽然と姿を現したひとりの女。
年のころは四、五十ほどか、どこにでもいそうな、気立てのいいおかみさんという風情である。
だが、そんな女が、朽縄の必殺の一撃を受け止めているのだった。
【 朽縄 】
(なんだ……この女ッ……!?)
【 静夜夫人 】
「悪いね、アカシ。ひとまず交渉は中断だ。ちょっと静かにさせてくれないか」
【 アカシ 】
「いやはや、簡単におっしゃってくれますが……この坊や、そう一筋縄ではいきそうにありませんよ」
朽縄の刃を棒切れで受け止めたまま、呑気に応じている。
【 朽縄 】
「ちいッ……!」
――ダンッ!
反動をつけて床を踏み、身を捻るようにして、いったん距離を取る。
【 朽縄 】
(この女……どこに潜んでいたッ……!?)
まるっきり、気配を感じなかった。
さながら、突然湧いて出たかのごとくである。
【 アカシ 】
「さてさて……お嬢さまの仰せじゃ仕方ありませんね。ちと、やりますか」
アカシと呼ばれた女は、ちょっとした家事を頼まれたかのごとく、棒を軽く振り回しつつ、気楽な足取りで迫ってくる。
【 朽縄 】
「――――っ」
朽縄もさるもの、戸惑いから立ち直り、冷静に相手を見定める。
【 朽縄 】
(こいつも、忍びの術の使い手か……!)
先ほどは驚かされたが、分かってしまえばどうということはない。
【 朽縄 】
「――ふッ!」
手にした匕首を投げつける。
【 アカシ 】
「む――」
――キィン!
棒を振るって、匕首を打ち払う。
その間に、朽縄は一気に距離を詰め、
【 朽縄 】
「ぬんッ!」
強烈な貫手で、女の臓腑をえぐらんとする。
【 アカシ 】
「おっと――」
食らえば胴を貫かれそうな一撃を、紙一重で躱す。
【 朽縄 】
「――ふッ!」
体勢を崩したところへ、口に含んでいた針を顔目がけて放つ。
【 アカシ 】
「――――っ」
この至近距離では、身をそらして避けるのは困難――と見えたが、
――カチッ!
【 朽縄 】
「なッ……!?」
放たれた含み針を、女は歯で噛み取っていた。
【 アカシ 】
「――ふッ!」
【 朽縄 】
「うぉッ!?」
お返しとばかりに針を打ち返され、危うく回避する。
【 アカシ 】
「いやはや、なかなかやるねえ、坊や」
【 朽縄 】
「…………ッ」
【 静夜夫人 】
「アカシ、くれぐれも穏便に頼むよ」
【 アカシ 】
「まぁまぁ、そのつもりですが……さぁ、そううまくいくかどうか?」
【 朽縄 】
「くッ……このッ……!」
幼い頃はともかく、ここ数年間は、里においても文字通り子供扱いされたことなどなかった。
指導者たちを相手の稽古においても、不覚を取ることはまずなかったのである。
だが、今。
【 朽縄 】
(この女……強い!)
忍びの者の心得のひとつに、
――勝てない相手とは戦わない。
と、いうものがある。
忍びが最優先すべきは任務の遂行であり、歯が立たない相手と接触したら、恥も外聞もなく、逃げるべきなのだ。
この場合、標的を仕留めるというのが任務ながら、それを果たすのは容易ではない。
【 朽縄 】
(ここは、いったんここ引くべき――)
というのが、忍びの者にふさわしい判断というべきだった。
しかし……
【 朽縄 】
(舐められて、おめおめ逃げるなどッ……!)
そんな感情が、理性を上回っていた。
【 朽縄 】
「――うぉッ!」
――ジャキン!
両手の手甲に仕込んでいた刃を露わにして、女へ突き進む。
【 アカシ 】
「おやおや、ちょっと熱くなってるんじゃないかい?」
と、見せかけて。
【 朽縄 】
「はあッ!」
――シュタッ!
【 アカシ 】
「おっ?」
高々と跳躍し、天井を蹴って――
【 朽縄 】
「――もらったッ!」
【 静夜夫人 】
「――――っ」
背後にいる静夜夫人とやらを刺し貫かんとする――
【 アカシ 】
「…………っ!」
――ドスッ!!
朽縄の刃が、主を庇おうとした女の胸を刺し貫く。
すべては、彼の目論見どおり……
……の、はずだった。
【 朽縄 】
「……なッ!?」
確実に手ごたえはあったにもかかわらず、女の姿は煙のように消え失せていたのだった。
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