◆◆◆◆ 8-2 報告 ◆◆◆◆
すでに日も落ちた頃。
幕僚らを帰したのち、グンムはひとり、書物に目を通していた。
と、天幕の外でしわぶきの音がする。
*しわぶき……咳払いの意。
【 グンム 】
「入られよ」
書物を閉じながら呼びかける。
【 ユイ 】
「――ただいま、戻りました」
音もなくグンムの幕舎に入ってきたのは、〈虎王・ユイ〉。
グンムと親交のある天下の政商〈焦・タイシン〉の配下であり、〈風雲忍侠〉の異名で知られる。
【 グンム 】
「おお、戻られたか。ご無事でなにより」
【 ユイ 】
「いえ、俺にできることといったら、この程度のことですから」
【 グンム 】
「なんの、すこぶる助かりますとも」
ユイに席を勧めつつ、
【 グンム 】
「陣中ゆえ、さしたるものもありませんが……」
手ずから酒肴を用意し、ねぎらってくる。
一軍の将からのもてなしに、さすがにやや恐縮するユイ。
【 ユイ 】
(相変わらず、将軍とは思えない御仁だな)
しかし、こういうざっくばらんなところが、将兵の心を掴むやり方でもあるのだろう。
幾度か盃を重ねたところで、
【 グンム 】
「それで、南軍の様子は?」
ユイはグンムの依頼で、ヤクモ軍へ潜入し、様子をうかがってきたところなのである。
隠形の術にすぐれたユイにとっては、朝飯前……とはいかずとも、さほどの難事ではない。
【 ユイ 】
「今のところ、大きな動きはないようです」
【 グンム 】
「ふむ……やはり、長期戦の構えかな?」
【 ユイ 】
「と、見ました。気短な〈飛鷹〉の兵らは、今か今かと逸っている様子でしたが」
【 グンム 】
「さもあろう。連中が暴走してくれれば楽だが……そうもいくまいなあ」
その後、いくつかの問答の末。
【 グンム 】
「いや、ありがたい。おかげで助かり申した。今宵はごゆるりとお休みくだされ」
【 ユイ 】
「は、それでは……」
ユイは一礼して、幕舎を出ていった。
【 グンム 】
「…………」
その後ろ姿を見送りつつ、グンムはしばし物思いに耽っていた……
グンムの幕舎を出たユイは、そのまま己にあてがわれた幕舎へと足を向けた……が、ほどなく、隠形の術で闇に溶けた。
再びその姿が現れたのは、宰相レツドウの幕舎においてである。
【 レツドウ 】
「戻ったか。ずいぶん遅かったようだが」
【 ユイ 】
「先に、嶺将軍への報告を済ませてきましたので」
【 レツドウ 】
「征南将軍はどうしている?」
【 ユイ 】
「さて……まだ動くつもりはないようです」
【 レツドウ 】
「ふむ。こちらの動きに気づいている様子は?」
【 ユイ 】
「今のところはなさそうですが……読めません。食えぬ御仁ですから」
【 レツドウ 】
「で、あろうな」
【 ユイ 】
「…………」
ユイはタイシンの命で、グンムのみならず、レツドウとも気脈を通じていた。
それどころか、優先順位で言えばレツドウの方が上、ということになる。
【 ユイ 】
(姐さんからの言いつけではあるが……)
あまりいい気分ではないのは確かだ。
どちらかといえば、ユイはグンムの方に心を寄せている。
レツドウは、なるほど政治手腕はあるのだろうが、
【 ユイ 】
(どうにも、ソリが合いそうにもない)
それが、ここしばらく接してみての感想であった。
べつだん、露骨に見下した態度を取られるわけではないのだが……
【 ユイ 】
(きっと、一緒に酒を飲んでもうまくないだろうなあ)
幸か不幸か、これまで酒肴を勧められたことはなかったが。
グンムの方とて、決してなんの計算もなく自分に接しているわけでもなかろうが、それを匂わせないのは人柄というべきだろうか。
結局、こればかりは、相性というべきかもしれない。
【 ユイ 】
(とはいえ……だ)
大恩あるタイシンからの頼みとあらば、断ることもできない。
そうはいっても、タイシンの真意は相変わらず読めないものがある。
【 ユイ 】
(あれだけ担ぎ出すのに一苦労したからには、嶺将軍をよほど買ってるのかと思ったが……)
タイシンからこの一件を託されたおりのことが、思い出される――
ブックマーク、ご感想、ご評価いただけると嬉しいです!




