◆◆◆◆ 6-107 燎氏の変(94) ◆◆◆◆
【 刺客の頭目 】
「…………っ」
【 ランハ 】
「お目覚めのようね」
刺客の頭目は、当惑した。
あの女――カツミに失神させられ、これまで意識を失っていたわけだが……
活を入れられて目覚めると、そこは豪奢な寝室であり、おのずと気持ちが安らぐような、ほんのりと甘い香りが漂っている。
【 ランハ 】
「自己紹介が――必要かしら?」
【 刺客の頭目 】
「……っ、煌太后……!」
それは、標的と定めた相手であった。
思わず身体が反応しそうになる……が、一歩も動けない。
【 カツミ 】
「おっと、おとなしくしてなよ?」
【 刺客の頭目 】
「…………っ」
カツミが背後から腕を掴んでいる。
微力な方術を用いているようで、手足の動きを封じられていた。
【 ランハ 】
「ふふ、話が早くていいわね……さて……」
【 ランハ 】
「徒党を組んで宮城に潜入するとは、大胆不敵……誰の差し金かしら?」
【 刺客の頭目 】
「…………っ」
【 ランハ 】
「ふふ……それは、そうよね。雇われ先を易々と口にするような輩は、信用ならないもの」
【 刺客の頭目 】
「……っ、尋問など無駄だ。殺すがいいっ……!」
【 ランハ 】
「尋問……? そんなつもりはないわ。これは、そうね……取り引きよ」
【 刺客の頭目 】
「…………っ?」
【 ランハ 】
「こちらに、鞍替えする気はないかしら?」
【 刺客の頭目 】
「――――っ」
【 ランハ 】
「あなたたちの腕は、たいしたものだわ。今回は、いささか相手が悪かったようだけれど……」
【 ランハ 】
「……その腕、私の下で振るってみたいとは思わなくて? 部下たちも含めて、ね」
【 刺客の頭目 】
「…………」
しばし押し黙っていたが、やがて口を開く。
【 刺客の頭目 】
「……よかろう。その申し出、受けよう」
【 ランハ 】
「あら……案外あっさりしているのね。いいのかしら、雇用主を裏切っても?」
【 刺客の頭目 】
「……それは、相手が誠意ある雇い主だった場合の話だ。今回、我らは謀られた。あのような戦力が相手だと知っていれば……引き受けなかったであろう」
【 ランハ 】
「ふふ、なるほどね……肝に銘じておくとしましょうか」
【 刺客の頭目 】
「――我ら〈聖真理会〉、国母さまになんなりと従いましょう」
と、深々と頭を下げる。
【 ランハ 】
「あら、聞いたことがあるわね……炬丞相に仕えていた一団だったかしら?」
【 刺客の頭目 】
「は――丞相の下で働いておりましたが、それ以後は、定まった主もおらず……」
かつて朝廷を牛耳り、〈跳梁丞相〉などと呼ばれた宰相〈炬・ミンガイ〉。
彼らはその下で動いていた刺客集団であるらしい。
十五年前の〈三氏の乱〉のさなか、丞相は謎の死を遂げた。
それ以降は主君も持たず、その日暮らしを続けていたところに、今回の件にいたった……というところであろうか。
【 ランハ 】
「なるほど……ね。カツミ、離してあげてちょうだい」
【 カツミ 】
「おい、いいのか? こいつ、素手でもあんたの首をひねるくらいは朝飯前だぜ」
【 ランハ 】
「ふふ、そんなことをしても、一文の得にもならないわ。そんな無駄なことはしない……そうではなくて?}
【 刺客の頭目 】
「御意――」
【 ランハ 】
「結構……後のことは、追って伝えるわ。お下がりなさい」
【 刺客の頭目 】
「ははっ……!」
【 カツミ 】
「……本当にいいのか? あいつ、まだ、あんたの首を諦めてないみたいだったが」
【 ランハ 】
「あら……口出しはしない約束だったのではなくて?」
【 カツミ 】
「いいんだよ、これは口出しじゃなくて、ただの忠告だからさ」
【 ランハ 】
「……猟犬の牙は、鋭すぎると飼い主をも傷つける恐れもあるけれど、鈍くては獲物を狩ることができない……あれくらいの気概がなくては、物の役には立たないわ」
【 カツミ 】
「ふうん……ま、いいけど。おい、アズミ、寝るな~」
【 アズミ 】
「むにゃむにゃ……」
【 ランハ 】
「ふふ、寝かせてあげなさい。当面は、やっかいごとは起きないでしょうから」
【 ランハ 】
「そう――当面は、ね。ふふ……ふふふ……」
皇太后ランハの含み笑いが、室内に響いた……
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