◆◆◆◆ 6-105 燎氏の変(92) ◆◆◆◆
【 黒羽将軍 】
「……ふぅ。生き返る心地ですな。霊力が、体内に染み込んでくるようで……」
戮仙劔君に代わって泉に身を浸し、息をつく黒羽将軍。
【 戮仙劔君 】
「あれは、まだ来ぬのか?」
【 黒羽将軍 】
「あれとは――ああ、無明天師殿のことですか。まだ一仕事残っているようでしたが」
【 戮仙劔君 】
「ふむ……国を作り直すだの、新たに作るだの……いろいろと苦労の多いことだ」
【 黒羽将軍 】
「…………」
【 戮仙劔君 】
「気に障ったか?」
【 黒羽将軍 】
「いえいえ、事実ですからな。まこと、気苦労の多いことです! こたびも、結果的にはしくじってしまいましたし、我が主からどんな責めを負わされるやら……」
【 戮仙劔君 】
「そうか。人と人のつながりは、いつの世も難儀なものとみえる」
【 黒羽将軍 】
「貴方は、冥府から蘇ったと聞きますが……それは、まことのことなのですか?」
【 戮仙劔君 】
「まあ、そうなのだろうな。状況から察するに」
【 黒羽将軍 】
「……曖昧ですな。はっきりとはわからないのですか?」
【 戮仙劔君 】
「そんなものであろう? そなたとて、いつ己がこの世に生を受けたのか、覚えてはおるまい。似たようなものだ」
【 黒羽将軍 】
「ははぁ……蘇生させてもらった義理で、天師殿に助力しているとか?」
【 戮仙劔君 】
「そんなところだ。あやつらが、どのような存念で動いているのか、よくはわからぬが……」
*存念……考え、想いの意。
【 戮仙劔君 】
「さしあたっては、一宿一飯の恩を返そうという次第だ。この場合は、一生一魂の恩とでもいうべきかもしれぬが」
【 黒羽将軍 】
「……では、その義理を果たされたあとのことは、考えてはおられぬと?」
【 戮仙劔君 】
「そうさな、また山に籠るのもよいが……せっかくの現世、いまだ知らぬ強者どもと手合わせしてみたいものよ」
【 黒羽将軍 】
「で、あれば――私どものところにおいでになってはいかがです? なかなか、やりがいがあると存じますが」
【 戮仙劔君 】
「ふむ……しかし、そなたたちは同盟関係と言ってはいなかったか?」
【 黒羽将軍 】
「いかにもその通り……ですが、それはそれ」
【 戮仙劔君 】
「良禽は木を択ぶ――とか。己にとってよりよき場所を選ぶのが、賢人でありましょう?」
*良禽……賢い鳥の意。
【 戮仙劔君 】
「まあ、その時になったら考えるとしよう」
【 黒羽将軍 】
「ええ、心にとどめておいていただければ――」
【 ???? 】
「――引き抜き、とは――いささか、義に欠けるのでは――?」
【 黒羽将軍 】
「おっ? おお……ようやくお越しですか」
【 無明天師 】
「…………」
いつの間にか、泉のほとりに、頭巾姿の人影が立っていた。
【 戮仙劔君 】
「ふむ……“挨拶”は終わったか」
【 黒羽将軍 】
「その様子では、万事うまくいった……というわけでもなさそうですな?」
【 無明天師 】
「いえ――最後のあれは、いわば、余興のたぐい……偽りの玉座に、我らの念が刻まれれば、それで結構――」
淡々とした声音ながらも、どこか悔しげな響きが感じられないでもない。
【 黒羽将軍 】
「なるほど……ま、いきなりすべてを手に入れようなどというのは、虫が良すぎるというものでしょうな」
【 無明天師 】
「――ひとまず、矢は放たれました――この天地に、もはや安寧は訪れますまい――我らが“勝利”する、その日まで」
【 黒羽将軍 】
「それは結構! そして、その暁には……」
【 無明天師 】
「ええ――貴方がたが、天下を取ればよろしいでしょう――」
【 黒羽将軍 】
「フフ……ハハハ! 結構なことです! ――されば、これにて失礼! またお目にかかりましょう――」
そう告げると、黒羽将軍はブクブクと泉に沈んでいったかと思うと、そのまま消え失せた。
【 戮仙劔君 】
「ほう、変わった術を使うものだな。水遁の術か……?」
【 無明天師 】
「――苦戦したようですね、剣聖――」
【 戮仙劔君 】
「ふふ、見ての通りだ。当世の強者も、侮りがたいものよ」
【 無明天師 】
「右腕は――どうしますか。必要ならば――」
【 戮仙劔君 】
「いや、さしあたりは要らぬ。せっかく身軽になったのだ、これに慣れてみるのも一興ゆえな」
【 無明天師 】
「――されば、戻りましょう。我らが塞へ――」
【 戮仙劔君 】
「ふむ……その前に、しばらく鍛錬してゆきたいのだが、いかぬか?」
【 無明天師 】
「――この泉に浸かっても、応急処置にすぎません。その身、すぐに溶け崩れても構わぬとは、申しますまい――」
【 戮仙劔君 】
「……やれやれ、是非もないな。任せるとしよう」
嘆息をこぼし、明けゆく空を見上げる。
【 戮仙劔君 】
(さて、新たなる強者どもと相まみえるのは、いつの日のことか――)
不敵に笑う、神仙殺しこと戮仙劔君であった。
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