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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
200/421

◆◆◆◆ 6-105 燎氏の変(92) ◆◆◆◆

【 黒羽将軍 】

「……ふぅ。生き返る心地ですな。霊力が、体内に染み込んでくるようで……」


 戮仙劔君りくせんけんくんに代わって泉に身を浸し、息をつく黒羽こくう将軍。


【 戮仙劔君 】

「あれは、まだ来ぬのか?」


【 黒羽将軍 】

「あれとは――ああ、無明天師むみょうてんし殿のことですか。まだ一仕事残っているようでしたが」


【 戮仙劔君 】

「ふむ……国を作り直すだの、新たに作るだの……いろいろと苦労の多いことだ」


【 黒羽将軍 】

「…………」


【 戮仙劔君 】

「気に障ったか?」


【 黒羽将軍 】

「いえいえ、事実ですからな。まこと、気苦労の多いことです! こたびも、結果的にはしくじってしまいましたし、我が主からどんな責めを負わされるやら……」


【 戮仙劔君 】

「そうか。人と人のつながりは、いつの世も難儀なものとみえる」


【 黒羽将軍 】

「貴方は、冥府あのよから蘇ったと聞きますが……それは、まことのことなのですか?」


【 戮仙劔君 】

「まあ、そうなのだろうな。状況から察するに」


【 黒羽将軍 】

「……曖昧ですな。はっきりとはわからないのですか?」


【 戮仙劔君 】

「そんなものであろう? そなたとて、いつ己がこの世に生を受けたのか、覚えてはおるまい。似たようなものだ」


【 黒羽将軍 】

「ははぁ……蘇生させてもらった義理で、天師殿に助力しているとか?」


【 戮仙劔君 】

「そんなところだ。あやつらが、どのような存念ぞんねんで動いているのか、よくはわからぬが……」

 *存念……考え、想いの意。


【 戮仙劔君 】

「さしあたっては、一宿一飯の恩を返そうという次第だ。この場合は、一生一魂の恩とでもいうべきかもしれぬが」


【 黒羽将軍 】

「……では、その義理を果たされたあとのことは、考えてはおられぬと?」


【 戮仙劔君 】

「そうさな、また山に籠るのもよいが……せっかくの現世、いまだ知らぬ強者どもと手合わせしてみたいものよ」


【 黒羽将軍 】

「で、あれば――私どものところにおいでになってはいかがです? なかなか、やりがいがあると存じますが」


【 戮仙劔君 】

「ふむ……しかし、そなたたちは同盟関係と言ってはいなかったか?」


【 黒羽将軍 】

「いかにもその通り……ですが、それはそれ」


【 戮仙劔君 】

良禽りょうきんは木をえらぶ――とか。己にとってよりよき場所を選ぶのが、賢人でありましょう?」

 *良禽……賢い鳥の意。


【 戮仙劔君 】

「まあ、その時になったら考えるとしよう」


【 黒羽将軍 】

「ええ、心にとどめておいていただければ――」


【 ???? 】

「――引き抜き、とは――いささか、義に欠けるのでは――?」


【 黒羽将軍 】

「おっ? おお……ようやくお越しですか」


【 無明天師 】

「…………」


 いつの間にか、泉のほとりに、頭巾姿の人影が立っていた。


【 戮仙劔君 】

「ふむ……“挨拶”は終わったか」


【 黒羽将軍 】

「その様子では、万事うまくいった……というわけでもなさそうですな?」


【 無明天師 】

「いえ――最後のあれは、いわば、余興のたぐい……偽りの玉座に、我らの念が刻まれれば、それで結構――」


 淡々とした声音ながらも、どこか悔しげな響きが感じられないでもない。


【 黒羽将軍 】

「なるほど……ま、いきなりすべてを手に入れようなどというのは、虫が良すぎるというものでしょうな」


【 無明天師 】

「――ひとまず、矢は放たれました――この天地に、もはや安寧は訪れますまい――我らが“勝利”する、その日まで」


【 黒羽将軍 】

「それは結構! そして、そのあかつきには……」


【 無明天師 】

「ええ――貴方がたが、天下を取ればよろしいでしょう――」


【 黒羽将軍 】

「フフ……ハハハ! 結構なことです! ――されば、これにて失礼! またお目にかかりましょう――」


 そう告げると、黒羽将軍はブクブクと泉に沈んでいったかと思うと、そのまま消え失せた。


【 戮仙劔君 】

「ほう、変わった術を使うものだな。水遁すいとんの術か……?」


【 無明天師 】

「――苦戦したようですね、剣聖――」


【 戮仙劔君 】

「ふふ、見ての通りだ。当世の強者も、侮りがたいものよ」


【 無明天師 】

「右腕は――どうしますか。必要ならば――」


【 戮仙劔君 】

「いや、さしあたりは要らぬ。せっかく身軽になったのだ、これに慣れてみるのも一興ゆえな」


【 無明天師 】

「――されば、戻りましょう。我らがねじろへ――」


【 戮仙劔君 】

「ふむ……その前に、しばらく鍛錬してゆきたいのだが、いかぬか?」


【 無明天師 】

「――この泉に浸かっても、応急処置にすぎません。その身、すぐに溶け崩れても構わぬとは、申しますまい――」


【 戮仙劔君 】

「……やれやれ、是非もないな。任せるとしよう」


 嘆息をこぼし、明けゆく空を見上げる。


【 戮仙劔君 】

(さて、新たなる強者どもと相まみえるのは、いつの日のことか――)


 不敵に笑う、神仙殺しこと戮仙劔君であった。

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