◆◆◆◆ 1-1 帝都の少女 ◆◆◆◆
■第一幕:
天下は乱れ戦雲きざすも宮廷には歌舞音曲の尽きぬこと、
女帝は鳴きもせず飛ぶそぶりもなきこと
むかしむかし、あるいはずっと先の話……
大陸の東方に、三千年におよぶ栄華を誇った大帝国がある。
その名を〈宙〉という。
はるかな昔、乱れに乱れていた世を、神仙の加護を借りた英雄が統一し、建国したとされている。
それ以来、幾度となく危機を迎えながらも、宙帝国は存続してきた。
――しかし、今度ばかりはおしまいかもしれない……。
というのは、なにも悲観論者ばかりの考えではなかった。
帝国の中枢は救い難いほどに腐敗し、人民は相次ぐ労役や重い税によって塗炭の苦しみにあえいでいる。
さらには天災も止まず、疫病も蔓延し、各地で大小の反乱が起こり、もはや帝国の凋落は誰の目にも明らかだった。
そんな多事多難の時世にあって、帝都である〈万寿世春〉に目を向けてみると――
――大宙暦3133年(帝ヨスガ2年)、仲春の月(2月)――
【 素朴な少女 】
「はぁー……これが、みやこなんですねぇ……」
帝都の大通りをゆく馬車の一団。
その中でもひときわ豪奢な馬車の窓から街並みを眺めながら、あっけに取られたような声をあげているのは、十六、七ばかりの少女である。
【 瀟洒な女 】
「そうだ。草深い山奥とは大違いだろう?」
すっかり外の様子に目を奪われている娘に、微笑みかけたのは美貌の女。
歳の頃は三十がらみか、簡素な装束の話し相手とは対照的に、こぎれいで洒落た衣装を身にまとっている。
【 素朴な少女 】
「はい、こんなに人がたくさんいて、綺麗な服を着てて……それに、建物がいっぱいあって……!」
【 瀟洒な女 】
「やれやれ、このていどで驚いてるようじゃ、宮城に入ったらいったいどうなることやら」
女は苦笑する。
【 素朴な少女 】
「ありがとうございます、焦さん! あたし、ドキドキが止まりません!」
【 瀟洒な女 】
「それはよかった。しかし……いいかな、ホノカナ」
【 素朴な少女 】
「はい?」
【 瀟洒な女 】
「華やかなものには、隠されたところがあるものだ。そう思わないか?」
【 素朴な少女 】
「それは……」
〈鱗・ホノカナ〉は、道行く人々に、じっと目を向ける。
【 ホノカナ 】
「なんだか……みんな、元気がないような気がします。どこか、おびえてるみたいな……」
【 瀟洒な女 】
「そうだ。なにしろ、うかつなことを口にすれば、すぐに警吏が飛んできて、こっぴどい目に遭わされるのだからね」
【 ホノカナ 】
「…………!」
思わず自分の口を押さえるホノカナに微笑をさそわれつつ、女は続ける。
【 瀟洒な女 】
「美しいもの、輝かしいものの裏には、その犠牲になったものが隠れている。きみは、それを忘れてはならない」
【 ホノカナ 】
「ははぁ……むずかしいですね?」
【 瀟洒な女 】
「なに、ごく簡単なことだとも」
〈焦・タイシン〉は断言する。
【 タイシン 】
「ただ、目をそらさず、しっかりと観察すればいいのさ。もっとも、それを続けることは容易ではないがね」
【 ホノカナ 】
「はぁ……わかりました、がんばります!」
いかにもわかっていなさそうに、うなずくホノカナ。
【 タイシン 】
「……さて、そろそろ宮城だ」
馬車は大通りを抜けて、宮城の門へと迫っていた。
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