◆◆◆◆ 6-104 燎氏の変(91) ◆◆◆◆
――長かった一夜が、明けようとしている。
【 若い男 】
「……はぁっ、はぁっ……ふうぅっ……」
空が白みつつある中、帝都〈万寿世春〉よりやや南方にある山の中に、一人の若者の姿がある。
【 若い男 】
「ぜぇっ、ぜぇっ……やれやれ……ここまでくれば、ひとまずは……」
息を切らし、肩で息をしているこの若い男……
先だって〈拾弐の仙〉を名乗り、皇帝ヨスガを〈反転反魂〉の術で暗殺しようとした、あの男である。
【 若い男 】
「まったく、この〈黒羽将軍〉ともあろう者が、この体たらく……」
黒羽将軍と名乗り、ミズキたちの前から姿を消したのだったが、なぜか気息奄奄のありさま。
【 黒羽将軍 】
「ふうぅっ……〈千里行〉の術で脱出するつもりが、よもや、霊力が切れてしまうとは、誤算の極み……」
*霊力……本作においては神仙や妖魔が持つ霊的なエネルギーを指す。マジックポイントのごときもの。
瞬間移動して逃げる途中で霊力が尽きたため、やむなく走って逃げる羽目になった……と、いうことであるらしい。
【 黒羽将軍 】
「ふぅ……さて、合流地点はこのあたりのはずだが……?」
耳を澄ませると、水の流れる音がする。
それを頼りに歩いていくと……
【 黒羽将軍 】
「…………っ」
澄んだ水をたたえた、泉があった。
そこに、ひとりの長髪の女が身を浸し、水浴びをしている。
その美貌や、一糸まとわぬ裸もさることながら、目を引くのは……
【 黒羽将軍 】
(あの、傷は――)
右腕は根元から切断され、生々しい跡が残っている。
【 長髪の女 】
「…………」
【 黒羽将軍 】
「……おっと、これは失敬――」
女に気づかれ、黒羽将軍は視線を逸らした。
【 長髪の女 】
「この霊泉を知っているとは――そなた、常人ではないな」
*霊泉……霊験あらたかな泉の意。
男に裸体を見られながらも、女はまるで動じた様子もない。
【 長髪の女 】
「さては、〈無明天師〉の手の者か?」
【 黒羽将軍 】
「いかにも――しかし、手の者……というのは語弊がありますな。まあ、同盟者といったところです」
【 長髪の女 】
「ほう。では、あやつが言っていた〈北辰星〉とやらか?」
【 黒羽将軍 】
「ええ――〈北辰星〉の玄武三将がひとり、黒羽将軍と申す者。お見知りおきを」
と、恭しく一礼してみせる。
【 黒羽将軍 】
「かくいう貴方は、〈戮仙劔君〉殿とお見受けしますが……」
【 戮仙劔君 】
「いかにもそうだ」
極龍殿の正門において、〈凪・ランブ〉と〈閃・カズサ〉と剣を交えた剣客・戮仙劔君、その人であった。
戦いを終えた直後は、今にも全身が溶け崩れそうな状態だったが、現在はすっかり回復している。
【 黒羽将軍 】
「かなりの深手を負われたようでしたが……その泉のおかげで?」
【 戮仙劔君 】
「さよう、かつてはオレも生傷が絶えなかったゆえ、よく利用したものよ。これほどの傷を受けたのは、久方ぶりではあるな」
そう語る女は、どこか嬉しそうですらある。
【 戮仙劔君 】
「そなたもだいぶ弱っているようだ。浴びてはどうだ?」
【 黒羽将軍 】
「はぁ、そうしたいところですが……さすがに、婦女子との混浴はいささか憚られますな」
【 戮仙劔君 】
「オレはどうでもいいが……ちょうど上がるところであった。存分に浸かるがよかろう。だが、その前に……」
【 黒羽将軍 】
「……なにか?」
【 戮仙劔君 】
「ちと、服を着るのを手伝ってくれぬか。片腕では、いささか手面倒でな」
【 黒羽将軍 】
「ははあ……」
黒羽将軍は当惑しつつも、彼女を手伝う羽目になったのだった……
ブックマーク、ご感想、ご評価いただけると嬉しいです!




