◆◆◆◆ 2-9 路地裏にて ◆◆◆◆
【 ヨスガ 】
「――セイレンめ、あの者がよほど気に入ったのか?」
【 ミズキ 】
「さぁ……よい退屈しのぎができると思っているのでしょう」
【 ヨスガ 】
「ふん、物好きなことだな」
【 ミズキ 】
「それは、ヨスガさまも同じでは?」
【 ヨスガ 】
「はぁ? 我があやつを気に入っているとでも?」
【 ミズキ 】
「こたびの微行に彼女を同行させたのは、それゆえではないのですか?」
*微行……貴人がひそかに外出することを指す。
【 ヨスガ 】
「べつに、そういうわけではない――あやつに、我が遊び呆けているだけではない、ということを教えてやろうと思ったまでのことよ」
【 ミズキ 】
「ははぁ……まぁ、そういうことにしておきましょう」
【 ヨスガ 】
「なんだその『素直じゃありませんね』と言いたげな顔は! 思い出したぞ、そなた、あやつが言いたい放題言っているあいだ、止めもせなんだな!」
【 ミズキ 】
「いちおう、一声かけはしましたが?」
【 ヨスガ 】
「口をふさぐくらいはたやすかったであろうっ? そなた、あえてあやつに我を煽らせおったな……!」
【 ミズキ 】
「まさか、皇帝陛下にそんな不敬な真似をするはずがございませんよ」
宮廷内とはうってかわって、ヨスガ相手に遠慮のないミズキであった。
【 ミズキ 】
「さて……おしゃべりはこれくらいにいたしましょう」
【 ヨスガ 】
「む……」
提灯をつけて路地裏に入ると、とたんに異臭が鼻を刺した。
明かりを向けると、そこかしこに人の身体が折り重なっている。
もとより、いずれも屍であった。
【 ヨスガ 】
「……流行り病か?」
【 ミズキ 】
「それもありましょうが、おそらくは……」
ふたりが言葉を交わしていると、
【 ごろつき 】
「いい匂いがするじゃねェか――」
【 別のごろつき 】
「ああ、コイツはたまらねぇ、若い女の匂いだ……!」
まるで闇から湧き出るかのように、薄汚れた輩が現れ、周囲を取り囲んだ。
【 ヨスガ 】
「ふん……鼠賊どもめ。我が色香に惹かれて、寄り集まってきたらしいな!」
と啖呵を切るヨスガであったが、
【 ごろつき 】
「……なんだ、片割れはガキじゃあねェか」
【 別のごろつき 】
「ガキはいらねぇな……放っておこうぜ」
あっさりと眼中から外されていた。
【 ヨスガ 】
「はぁーっ!? そなたたち、目は確かか! この気品! この美貌! どれをとっても一級品であろうがぁ!」
しかし男たちは怒り心頭のヨスガに耳を貸さず、
【 ごろつき 】
「おい、殺すんじゃあねェぞ!」
【 別のごろつき 】
「ああっ、たっぷり楽しませてもらわねえとなぁ!」
と、ミズキにむかって殺到する。
【 ミズキ 】
「やれやれ」
ミズキは髪をかきあげて、
【 ミズキ 】
「もてる女はつらいものです。誰かとちがって」
【 ヨスガ 】
「なにをぉーっ!?」
そんな軽口を叩く間にも、ミズキの肢体に薄汚れた手が群がり――
【 ごろつき 】
「――ぐええェッ!?」
【 別のごろつき 】
「――ひいいっ!?」
悲鳴をあげたのは、しかし男どもの方であった。
手や足を押さえて、苦悶の声をあげている。
【 ごろつき 】
「い、痛ええッ……な、なんだこの女……!?」
たまらず後ずさる不埒者たち。
ようやく彼らは、この女がただの通りすがりの美女ではないことに気づく――――
【 ミズキ 】
「目玉に刺してもいいのですが……」
提灯を手に、空いた手で悠然と髪を撫でながら。
【 ミズキ 】
「それはいささか、寝覚めが悪いというもの」
その凄艶な姿に、男どもは息を呑む。
あたかも、この世ならざる魔性に遭ったかのごとく――
【 ごろつき 】
「ず、ずらかれ……!」
誰からともなく、薄闇の中へ飛び込もうとする……が。
【 ごろつき 】
「――ぐえェッ? な、なんだ……!?」
【 別のごろつき 】
「お、お前、なんで俺にぶつかって……うげっ!?」
まるで方向感覚をなくしたかのように、お互いにぶつかりあって、にっちもさっちもいかない醜態をさらしている。
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