◆◆◆◆ 6-87 燎氏の変(73) ◆◆◆◆
【 カズサ 】
「……っ、なんなの、これはっ……!?」
閃・カズサは、城壁の下に広がる異様な光景に目を丸くしていた。
千人は下らない叛乱兵たちが、突如湧いた黒い霧によって、ことごとく呑まれてしまったのである。
【 カズサ 】
(よくわからないけど……とても、とても嫌な感じだわ!)
【 守備隊長 】
「せ、閃公、これはどういう……!?」
【 カズサ 】
「わからないわ……でも、警戒を続けて頂戴っ!」
【 守備隊長 】
「は、ははっ……!」
【 ゼンキョク 】
「む――」
負傷兵の治療に当たっていたゼンキョクが、ふと門の方へ目を向ける。
【 ホノカナ 】
「……っ? あの、晏老師、どうかしました?」
ゼンキョクに従い、手当を手伝っていたホノカナが問う。
【 ゼンキョク 】
「いえ……なにやら、妙な気配を感じましてね。ですがまあ、カズサ殿がなんとかしてくれるでしょう」
【 ホノカナ 】
「そ、それならいいんですけど……」
【 ゼンキョク 】
「……ホノカナ殿、こちらの方を看てあげてください」
【 ホノカナ 】
「えっ? でも、わたし、治療なんて――」
【 ゼンキョク 】
「…………」
ゼンキョクは無言でホノカナを手招いた。
いつになく厳かな様子に、黙って従う。
【 ホノカナ 】
「…………っ」
そこに横たわっている兵は、見るからに深手であり……ゼンキョクの医術をもってしても、手の施しようがないのは明らかだった。
【 ゼンキョク 】
「……では、頼みますよ」
【 ホノカナ 】
「……わかり、ました」
ホノカナは頷いて、横たえられた手負いの兵の側にひざまずく。
【 負傷兵 】
「う……ぅ……痛く……なくなった……俺は……治った、のか……?」
その兵士はまだ若く、二十歳そこそこのようだった。
【 ホノカナ 】
「……っ、はい、晏老師は、天下の名医なので……!」
兵士の残った方の手を握りながら、ホノカナが囁く。
ゼンキョクが、痛みを緩和する処置を施したらしい。
それは失われゆく命への、せめてもの手向けであったろう。
【 負傷兵 】
「あんた……北の、訛りがある、な……生まれ、は……?」
【 ホノカナ 】
「わたしは……峰東の生まれです」
【 負傷兵 】
「そう……か、俺も、だ……ずいぶん、戻ってない……が……今は、どう、なって、る……?」
【 ホノカナ 】
「……っ、今はもう、だいぶ落ち着いてるみたいですっ……」
数年前、戦禍に見舞われ、荒れ果てた峰東の地。
現在でも、およそ平穏とは程遠い情勢だと聞いているが……ここでは、正しい情報は必要なかった。
【 負傷兵 】
「そう……か。家の……代々の、墓があるんだ……壊されて、なきゃ……いいんだが……」
【 ホノカナ 】
「きっと……無事だと思いますっ」
【 負傷兵 】
「そうだと、いいな……ああ……あいつ……元気かな……シズカ……」
【 ホノカナ 】
「シズカさん……お友達、ですかっ?」
【 負傷兵 】
「ああ……ちょっと、変わってて……面白い、やつ、なんだ……妹、みたいで、さ……また、会いたい……な」
【 ホノカナ 】
「会えますよ、元気になれば、きっと……! だから今は、ゆっくり休んで――――」
【 負傷兵 】
「…………」
【 ホノカナ 】
「……あっ……」
ホノカナに看取られながら、鉄虎門の守備兵……否、峰東のとある若者は息を引き取った。
【 ホノカナ 】
「…………っ」
目をつむり、祈るホノカナ。
同郷の若者が、冥府で平穏を得られますように――
と、そんなホノカナの厳かな願いを阻むかのように、
――オ゛、オ゛、オ゛オ゛オ゛……!!
【 ホノカナ 】
「――――っ!?」
地の底から響くような、異様な叫び声が轟いた――
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