◆◆◆◆ 6-83 燎氏の変(69) ◆◆◆◆
【 ホノカナ 】
「す、すごい……カズサさんが加わっただけで、あんなに……!」
【 ヨスガ 】
「うむ……兵を率いて戦うことにかけては、類まれな才覚であろうな」
ヨスガたちは宮殿の影に身を潜め、門の攻防の様子をうかがっていた。
【 ヨスガ 】
「先頭に立って剣を振るうことで、兵を惹きつけ、ともに命を懸けたいと思わせる……まさに、将たる器といえよう」
【 ヨスガ 】
「……問題は、当の本人が、その貴重な才をそこまで重視してはおらぬ、という点だな」
【 ホノカナ 】
「そ、そうなんですか?」
【 ヨスガ 】
「そうなのだ。あやつは文、武、徳……あらゆる面で卓越していなくてはならぬ――と、己に課しておる。それこそご先祖の緋翔閃女のようにな」
【 ヨスガ 】
「よくいえば志が高いのだが、自己評価が低い、ともいえる。なにごとも、ままならぬものよ」
【 ホノカナ 】
「…………」
世の中、うまくいかないものであるらしい。
【 ヨスガ 】
「……実に、ままならぬものだ。本来ならここは、我が兵を鼓舞し、あの天子なかなかやるではないか――と評判を高める好機なのだが……」
カズサの奮戦を遠目に眺めつつ、悔しがるヨスガ。
【 ヨスガ 】
「いかんせん、とてもそんな気力はない……この状態で出ていっても、かえって兵の不安を掻き立てるだけで、逆効果であろうしな……」
【 ホノカナ 】
「す、すみません! わたしのせいで……!」
【 ヨスガ 】
「そなたのせい……でもあるが、そうでもない。胸にしまっておけと言ったであろう? いいかげん自分を責めるのをやめい!」
【 ホノカナ 】
「……っ、わかりましたっ。わたし、忘れます! そう、過去の都合の悪いことは、なにもかも!!」
【 ヨスガ 】
「いや、ぜんぶ忘れてよいとは言っておらぬが? この件についてのみ、という意味だぞ」
【 ホノカナ 】
「それにしてもカズサさん、すごく元気ですけど……あれって、大丈夫なんですか?」
城壁の上のカズサは、先ほどまで筋肉痛に苦しんでいたとは思えないほど、縦横無尽に駆け回っている。
【 ヨスガ 】
「こやつ、あからさまに話題をそらしおったが?」
【 ゼンキョク 】
「たっぷり鍼を打ち、灸も据えておきましたので、しばらくは動けることでしょう。まぁ……今後一週間ほどは、無理がたたって大変なことになるでしょうが」
【 ホノカナ 】
「なるほど、そういう手が……(チラチラ)」
【 ヨスガ 】
「ええい、我をチラチラと見るでない! どうせ我はな、回復したところであのような立ち回りなどできはせん……!」
【 ホノカナ 】
「あっ! そういえばわたし、アズミちゃん……ええと、火煉公主さまから、こんなものを貰ってたんですけど……」
と、ホノカナが懐から取り出したのは、先日、物語を読み聞かせたご褒美としてアズミから受け取った飴玉であった。
【 ホノカナ 】
「これ、舐めると元気になるって言ってました!」
【 ヨスガ 】
「神仙からの贈り物……か。ふむ、やめておこう」
【 ホノカナ 】
「ええっ? でも……」
【 ヨスガ 】
「そなたが授かったものだ。そなたが苦難に陥ったときに使うがいい。我は……しばらくすれば回復するであろうからな」
【 ホノカナ 】
「……っ、わかりました」
【 ランブ 】
「陛下――お許しをいただければ、ただちに敵将の首を獲ってまいりましょう」
【 ヨスガ 】
「おおそうだな、いつもの卿ならそれくらいは朝飯前であろう――だが、今は我のそばにおれ!」
【 ランブ 】
「……心得ました」
いくらゼンキョクが手当てを施したといっても、重傷のランブを前線に出すべきではないのは明白だった――さしあたり、今のところは。
【 ゼンキョク 】
「さて……私は守兵の怪我人を治療しに行くとしましょう。陛下、ホノカナ殿をお借りしても?」
【 ヨスガ 】
「うむ、よかろう。好きなようにこき使うがよいぞ」
【 ホノカナ 】
「ええっ? でも、おそばにいなくても……?」
【 ヨスガ 】
「どうせ今の我は、後方で見守っておることしかできぬ。そなたはせいぜい、汗と血にまみれてくるがよい!」
【 ホノカナ 】
「は、はいぃっ……!」
ホノカナはゼンキョクの後について、喚声とどろく城門へと向かって駆け出した――
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