◆◆◆◆ 2-7 その名は幻聖魔君 ◆◆◆◆
迷路のような回廊を抜けた先で。
【 ヨスガ 】
「――皇帝を待たせるとは、万死に値するぞ!」
【 ホノカナ 】
「…………!」
ホノカナは、目を疑った。
そこにいたのは、彼女やミズキと同じく平服をまとった、皇帝ヨスガだったのである。
【 ミズキ 】
「申し訳ございません、陛下」
【 ヨスガ 】
「ふん、どうせそこの痴れ者がぐずぐずしていたせいであろう?」
【 ホノカナ 】
「…………っ」
ヨスガの視線に、ホノカナは思わず立ち尽くす。
ふだんの豪奢な衣装とちがい、簡素な服装の彼女は、年相応に見える――が、その目ばかりは、いつもの鋭さを隠しようもない。
しかし、昼間に見たような怒りの炎は、そこにはなかった。
【 ホノカナ 】
「え、えっと……あの――」
【 ヨスガ 】
「おっと、口を利くな。そなたの大声は邪魔になるゆえな」
【 ホノカナ 】
「…………っ」
刀を抱えているせいで口を押さえられないので、下唇を噛んで耐え忍ぶ。
【 ランブ 】
「……陛下。どうか、私もご一緒に」
気づくと、ヨスガのかたわらにランブの姿があった。
ひざまずき、視線を合わせている姿は、まるで母と幼子のようである。
【 ヨスガ 】
「ならぬと言っておろう? 卿は目立ちすぎる。一緒にいては、獲物が寄ってこぬわ」
【 ランブ 】
「しかし……」
と、なにやら揉めているところへ。
【 女の声 】
「――そうですとも! 凪将軍はしっかりお留守番にお励みなされよ!」
ふいに、やけに甲高い声が響いた。
【 奇妙な姿の女 】
「ご安心あれ! なにせこの私が! このあふれる智謀と判断力の持ち主・〈幻聖魔君〉が陛下をお守りするのですから! わはははは!」
高笑いとともに姿を現したのは、奇妙な出で立ちの女だった。
曲がりくねった杖を手に、見慣れない装束をまとっている。
【 ミズキ 】
「藍老師、大声はお控えください。陛下の御前です」
*老師……ここでは先生への敬称。
【 藍老師 】
「おお、これは失敬! 陛下にはご機嫌うるわしゅう!」
大仰に一礼してみせる姿に、ホノカナは思い出す。
【 ホノカナ 】
(たしか、占星術がどうとかいう……?)
例の〈十二佳仙〉をはじめ、宮中に出入りする方術師のたぐいは珍しくもない。
ヨスガの周りにはそういった輩はほとんどいなかったが、この風変わりな人物の姿は、ちょくちょく見かけていた。
【 ヨスガ 】
「……セイレン、平服で参れと伝えたはずだが?」
【 セイレン 】
「もちろん、これが我が平服なれば! ふだんより、はるかに地味でございましょう?」
そういえば、宮中ではもっとひらひらとした飾りがついていたりして、派手だったような気がする。
確か、異名は人呼んで幻聖魔君、本名は……
【 ヨスガ 】
「……まぁ、よかろう。方術師はだいたいそんなものゆえな」
【 セイレン 】
「あぁ、滲み出る我が神気が、気取られねばよいのですが――おや」
【 ホノカナ 】
「あ」
芝居がかった物言いを続けていた女の目が、ホノカナと合う。
【 セイレン 】
「おお――あなたが噂の猛者! いやはや、なんとも命知らずな……血にまみれた美少女皇帝を衆の面前で辱めるとは、たいしたもの! 席を外していたのがなんとも無念、この〈藍・セイレン〉、まったくもって不覚のきわみでございました!」
【 ホノカナ 】
「……っ、あ、あわわ……」
ホノカナに覆いかぶさらんばかりにして、熱弁を振るってくる。
【 ヨスガ 】
「……気が済んだか? そろそろゆくぞ。ぐずぐずしておったら、夜が明けてしまうわ!」
【 ランブ 】
「陛下……」
【 ミズキ 】
「ランブ卿、後のことはおまかせいたします」
【 ランブ 】
「……心得た」
【 セイレン 】
「おお、参りますか! さぁさぁ、鬼が出るか蛇が出るか、はたまた……?」
ヨスガを先頭に、ミズキとセイレンが歩き出す。
ホノカナは茫然としていたが、
【 ランブ 】
「――陛下を、たのむ」
ランブに軽く肩を押され、ようやく己のなすべきことを悟った。
【 ホノカナ 】
(よ、よくわからないけど……!)
今はとにかく、ついていくしかなさそうだった。
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