◆◆◆◆ 6-41 燎氏の変(27) ◆◆◆◆
セイジュが手にした鉄扇を振るや否や、床や空中に太極の図が浮かび上がり、魔物を包囲する。
【 奇妙な存在 】
「なに――なにこれ――いやな、かんじ――」
動きを封じられた化け物が、不快そうに身をよじっている。
【 ミズキ 】
「これは……方術っ!?」
【 セイジュ 】
「まあ、ちょっとした真似事だけどね……決して、遊んでいたわけではないんだよ!」
ミズキたちが攻撃を引き受けている間、ひそかに仕込んでいたらしい。
【 セイジュ 】
「さて、千載一遇の好機だが……妖魔を討つ方法はご存じかな、紅雪華どの!」
【 ミズキ 】
「どこかにある心臓を破壊するしかない、と……!」
【 セイジュ 】
「その通り――でも、表面からではその場所はわからない――ゆえに、琅の姉妹!」
【 ハナオ 】
「はっ……!」
以心伝心でセイジュの意を悟ったハナオが突進し、奇怪な存在に密着して――
【 ハナオ 】
「――はぁあっ!」
――ドォンッッ!!
至近距離で全身から放った一撃が、魔物を痛撃する!
【 奇妙な存在 】
「――――っ!」
粉砕された体躯の中、唯一残った硬質の珠が浮かび上がる。
【 セイジュ 】
「あれだ――紅雪華どの!」
【 ミズキ 】
「――――っ!!」
――ブォンッ!
渾身の力を込めて、ミズキは空刀を放つ。
その狙い違わず、一撃で妖魔の心臓を打ち砕いた。
【 奇妙な存在 】
「あ――あぁ? ああああ……なんで? あれ……なんで……??」
戸惑うような声とともに、“それ”の肢体が崩れていく。
【 奇妙な存在 】
「おかしいな……ねむい……もっと、たべたいのに……へんだな……」
【 セイジュ 】
「消える前に教えてくれ、お前は、“誰”だっ?」
【 奇妙な存在 】
「だれ? わた……わたし……? ミン……ガイ……?」
そのまま、妖魔とおぼしき存在は、消滅していった。
部屋に残されたのは女たちの骸と……丞相の冠のみである。
【 セイジュ 】
「ふうぅ……琅の姉妹、大丈夫かい?」
【 ハナオ 】
「はい……大したことはありません」
さすがに疲弊の色は隠せないが、深手ではないようであった。
【 セイジュ 】
「紅雪華どのも、お見事だった」
【 ミズキ 】
「いえ……あなたがたの助太刀がなければ……斃せなかったでしょう。……本当に、斃せたのでしょうか?」
【 セイジュ 】
「たぶんね……妖魔の世界は独特だからなぁ。結局、正体はわからずじまい、か」
【 ミズキ 】
「でも……丞相が斃れたことには、違いありません」
【 セイジュ 】
「まあ、そうだね。これで万事、ことが片付いてくれるといいが……」
おそらく、そうはならないだろう……と、言いたげであった。
【 ミズキ 】
「……知っていたのですか? 丞相と、妖魔の件……」
【 セイジュ 】
「まぁ、薄々とはね」
【 ミズキ 】
「いや……そもそも、私が今夜、ここに来ることも……?」
【 セイジュ 】
「ははは、いや、それは偶然だとも。なぁ姉妹?」
【 ハナオ 】
「ええ……はい。そうだと知っていれば……他の仲間に代わってもらっていたかもしれません」
【 ミズキ 】
「……どうしてこの人は、こんなに私を嫌っているんですか?」
【 ハナオ 】
「は……? 盟主に対する数々の暴言、狼藉、忘れたとでも……?」
【 セイジュ 】
「もうそれはいいから、お暇しよう! 長居は無用だからね!」
亡骸を布で覆い、祈りを捧げてから、三人は邸宅を後にした……
その後……
丞相の変死は隠蔽され、表向きは病死ということになった。
しかし、実は皇帝ムジカによる暗殺という噂も広がり、炬氏は失脚することとなった。
丞相を除く――という大義名分を失った三氏は、次第に足並みが乱れ始め、さらには、新たに権力を手にした煌妃、そして方士集団・十二佳仙らの陰謀もあり、やがて内訌を起こして衰退、ついにはことごとく滅亡させられた。
その後、こんにちに至るまで、朝廷は煌妃――ほどなく皇后となり、煌后となった――と十二佳仙が支配する時代が訪れたのである。
ミズキは謀叛人の一族として処罰されることとなったが、紆余曲折を経て、ふたたび宮城へ戻ってくることになった。
なお、明・セイジュらとはあの夜に別れてそれきりだったが、のちに思わぬ再会を果たすこととなる。
――そして、今。
【 ミズキ 】
(この、悪寒は……まさか……!)
あの雪の夜、丞相の邸で味わった、感覚。
【 ミズキ 】
(もしや――宮城内に、妖魔が……!?)
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