◆◆◆◆ 6-25 燎氏の変(11) ◆◆◆◆
ザシュッ……ザシュッ……
広大な荒れ野に、鈍い音が断続的に響く。
源は、野にただ一柱突き立った、天を衝かんばかりの巨木である。
その幹回りは、ざっと数百宙尺もあろうか。
*宙尺……長さの単位。一宙尺は約30センチメートル。
巨樹にはもはや生気はなく、すでに枯れていた。
それでも、これほどの大きさの樹を切り倒すとなれば、一軍を動かすほどの人手が必要であろう。
だが今、この古木に斧を振るっているのは、ただ一人。
【 巨躯の女 】
「はっ……! ……ふっ……!!」
全身を筋肉の鎧で覆われた巨体の女が、大斧を振るい、幹に打ち込んでいる。
そのたびに幹はえぐれ、樹皮は飛び散るものの、まるで象にあらがうアリのごときで、巨木はゆるぎもしない。
それでも女は、黙々と斧を振るい、気合とともに振り続ける。
【 巨躯の女 】
「……くっ……おおっ……!」
その顔は土気色で、およそ生気がなく、目に光は宿っていない。
にもかかわらず、その肉体は雄々しく躍動し、強烈な斬撃を繰り出すのである。
なにかから逃れるように、あるいは己を罰するかのように。
【 ???? 】
「精が出るではないか、豪傑――」
ふいに声をかけられ、巨体の女は手を止めた。
振り返った先には、見知らぬ人影があった。
【 性悪そうな小娘 】
「いくら“罰”であるとはいえ、ご苦労なことだ。空しい、とか、つまらない、などとは思わぬのか?」
不敵な薄笑いを浮かべた、性格の悪そうな小娘である。
【 巨躯の女 】
「…………」
女は無言で、再び斧を振るいはじめた。
【 性悪そうな小娘 】
「そなた……死にたがっておるようだな。そのくせ、なかなか死ぬこともできぬ。気の毒なことだ」
【 性悪そうな小娘 】
「その願い、かなえてやろうか?」
女はもう振り向くこともせず、ひたすら斧を振るい続ける。
【 性悪そうな小娘 】
「ふん、だんまりか? まあ、そうもなろうなぁ」
小娘が唇の端を吊り上げる。
【 性悪そうな小娘 】
「それはアレかね、己だけではなく、亡き父の罪までも償おう、という殊勝な思いというやつかな?」
【 巨躯の女 】
「――――っ」
振り返った女の刺すようなまなざしが、小娘を貫いた。
それまで生気のなかったその顔に、燃えるような怒色が浮かんでいる。
常人なら、そのひと睨みで怯えすくむところだが、かの小娘はニヤリと笑ってみせる。
【 性悪そうな小娘 】
「おやおや、怒ったのか? なかなかの孝行娘とみえる。さぞやジンブめも、冥府で喜んでいることだろうよ」
【 巨躯の女 】
「――お父様の、名を――」
【 巨躯の女 】
「軽々しく――口にするなッ!!」
激昂した女――すなわち凪・ランブが、殺気をまとって小憎らしい娘に突進する。
【 性悪そうな小娘 】
「――――っ」
――バキャアッ!!
【 ランブ 】
「ぬううッ……!?」
振り下ろされた大斧が砕いたのは、小娘が腰を下ろしていた岩のみであった。
【 性悪そうな小娘 】
「おおっ……間一髪だったなっ。助かったぞ、大姐!」
【 長身の女 】
「やれやれ……戯れがすぎるのよ、あなたは」
小娘を抱きかかえた長身の女が、とがめるように言った。
斧が振り下ろされる寸前、目にも止まらぬ速さで救い出したのである。
【 性悪そうな小娘 】
「うむ、煽ってその気にさせてみるつもりだったが……いささか調子に乗ってやりすぎたようだ。許せ、豪傑!」
【 ランブ 】
「――――っ」
【 長身の女 】
「ご無礼しました、ランブ卿。あなたの武名は、この辺土にあっても鳴り響いております」
*辺土……辺境、最果ての地の意。
と、うやうやしく一礼して。
【 長身の女 】
「申し遅れました。私は人呼んで〈紅雪華〉ミズキと申します。そして、こちらは――」
【 性悪そうな小娘 】
「ヨスガ、〈天侠大聖〉ヨスガだ。といってもまあ、知らんだろうがな」
【 ミズキ 】
「それはそうね。なにせ、あなたが勝手にそう名乗っているだけなのだから」
【 ヨスガ 】
「はぁ~っ? それを言うなら大姐だって似たようなものであろうが!」
【 ミズキ 】
「私には実績がありますからね、実績が。多少なりといえどもね」
【 ヨスガ 】
「ぐぬぬ……! す、すぐ知られるようになるしっ! いやがうえにも天下に名を響かせてみせるともっ!」
【 ランブ 】
「…………っ?」
ランブは、両者のやりとりに、目を白黒させる他なかった。
時の皇帝とその無二の護衛の、それが初めての出会いであったのである。
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