◆◆◆◆ 2-2 諫言 ◆◆◆◆
宮殿の一角で、女官たちが楽器を手に、女帝ヨスガの御製たる楽曲を演奏している。
*御製……天子が作った作品。
【 ヨスガ 】
「…………」
皇帝は、氷のように冷たい顔でその様子を眺めていた。
ホノカナはお側にかしこまり、荒々しくもどこか悲愴な雰囲気の曲を耳にしつつ、
【 ホノカナ 】
(とても、あんな可愛らしい御方が作ったとは……)
信じがたい、と思わずにはいられない。
焔・ヨスガは十四、五歳だっただろうか。
ホノカナの弟と同じくらいだし、見かけはあどけなさを残した可憐な少女である……のだが。
【 ヨスガ 】
「――そこ、半音ずれておるぞ」
【 女官 】
「はっ……申し訳ございません……!」
ヨスガに指摘された女官が、震え上がっている。
相手が皇帝なのだから当然だが……それ以上に、あの声の冷たさはただならぬものがある。
【 ホノカナ 】
(それにしても……)
ホノカナは朝からずっとお側に侍っているわけではないが、ヨスガは皇帝らしい仕事はなにもしていないようだ。
もっとも、皇帝の仕事というのがいったいどんなものなのか、彼女には想像もつかないのだったが。
【 ミズキ 】
「――ご満足ですか、陛下?」
ひととおえい演奏が終わったところで、女官長ミズキが尋ねる。
【 ヨスガ 】
「ふむ……」
皇帝陛下、明らかに不服そうな様子である。
そんな彼女の態度に、演奏係の女官たちは戦々恐々としていた。
【 ヨスガ 】
「この者どもは、ちと気合が足りぬとみえるな。おい、そこな者――」
【 ホノカナ 】
「……えっ? はっ、はいっ!」
いきなり皇帝おんみずから指差されて、ホノカナは面食らった。
【 ヨスガ 】
「この者どもを鞭打て。腑抜けた演奏を繰り返さぬようにな――」
【 ホノカナ 】
「――――」
立ち尽くすホノカナに、ミズキが鞭を手渡した。
【 ホノカナ 】
「あ、あの、女官長さま――」
【 ミズキ 】
「尻を打つだけです。痛くはあっても死にはしません。ただし、腰には当てぬよう」
【 ホノカナ 】
「…………っ」
小声で囁かれて、ホノカナは絶句する。
その目に、罰に怯える宮女たちの姿が映る。
【 ヨスガ 】
「どうした、疾く打て!」
*疾く……すぐに、さっさとの意。
いらだたしげにヨスガが声をあげる。
それを聞いて、ホノカナは――
【 ホノカナ 】
「――できません」
【 ヨスガ 】
「……なに?」
その場の空気が、凍りついた。
それも道理であろう。
万乗の主である皇帝の命に、一介の新米女官が逆らったのだから。
【 ヨスガ 】
「……聞き間違いか? 今、なんといった?」
【 ホノカナ 】
「できない、って言ったんです!」
皇帝の問いに、ホノカナは声を張り上げた。
【 ホノカナ 】
「確かに、わたしも昔からしょっちゅうお尻をぶたれたりしました! でもそれは、わたしが悪いことをしたときだけで……」
「演奏を間違えたくらいで鞭打つなんて、ばかげてます! そもそも――」
【 ミズキ 】
「ホノカナ――」
ミズキが制しようとするが、それを振り切って。
「――陛下は皇帝なのに、年がら年中、遊んでばかりじゃないですか! わたしたちは朝から晩までお仕事して、その合間に楽器の練習までして――」
「お城の外の庶民はお腹を空かして、食べるだけで精いっぱいのありさまなのに、そんな苦労も知らずに、遊び呆けて……!」
【 ヨスガ 】
「…………!」
もともと色の白いヨスガの顔から、みるみる血の気が引いていく。
【 ホノカナ 】
「そのあげく、演奏がなってないって叱られるだなんて、こんな理不尽な話、ありません……!」
【 ヨスガ 】
「――――――――」
……そしてほどなく、耳まで真っ赤になったかと思うと。
【 ヨスガ 】
「――その者の首を刎ねよッ!」
と、激怒したのである。
【 ホノカナ 】
「あっ……あわわっ……」
今になって、口を押さえているホノカナだが、時すでに遅し……
皇帝ヨスガは刀をひったくると、そのまま成敗してくれんとばかりに突き進んでくる。
【 ヨスガ 】
「痴れ者、そこを動くなッ!」
【 ホノカナ 】
「…………!」
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