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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
118/421

◆◆◆◆ 6-23 燎氏の変(9) ◆◆◆◆

 ナギ・ランブ――皇帝ヨスガの護衛たる勇士。

 その父はナギ・ジンブといい、かつて〈大宙四天将だいちゅうしてんしょう〉のひとりに数えられた豪傑である。


【 ジンブ 】

『――〈飛豪斧〉ジンブたぁ俺のことだッ! てめぇら、俺についてきやがれッッ!!』


【 ジンブの部下たち 】

『おおおおおーーっ!!』


 雲をくような巨躯の持ち主となった娘とは対照的に、小柄な体格であったジンブだが、その膂力りょりょくたるや人並み外れていた。

 身の丈ほどもある大斧をブンブンと振り回し、返り血にまみれて戦場を駆けるその姿は、味方をいやが上にも奮起させたという。

 なにしろ、名もなき一兵卒から数々の武功を重ね、将軍の地位にまで登り詰めた――というのだから、その武力は推して知るべしであろう。

 そのうえ、軍略にかけても並外れていたというのだから、敵にまわすと実に恐るべき存在であった。


 個人の武勇においては天下に並ぶものなし――とまでうたわれ、大宙四天将のひとりにして、今や〈四寇〉となったスイ・ヤクモは、


【 ヤクモ 】

『――戦場でもっとも出会いたくないのはジンブで、酒場で出会いたくないのはクレハだ』


 と語ったというが、それは偽りない本音であったろう。

 なお、クレハとは〈カン・クレハ〉のことで、やはり四天将に挙げられる名将であり、酒癖の悪さで知られている。




 武に愛されたといっていいジンブであったが、こと家庭生活においてはいささか悩みがあった。

 それは、一人娘のランブのことにほかならない。

 妻は早世し、男手一人で――といっても、出世してからは使用人を雇いもしたが――ジンブは娘を育てた。


【 ジンブ 】

『お偉い高官の妻とはいかずとも、まぁそこそこの家に嫁いでくれりゃあ、それでいいさ』


 戦場の過酷さを知る彼は、娘にはそのような血なまぐさい世界とは無縁の生き方をしてほしいと願った。

 それはまた、幼い娘を残して世を去った妻との約束でもあったのである。

 そこで彼女には幼い頃から読書をさせたり、礼儀作法を学ばせたりして、れっきとした淑女に育て上げようとした。

 ランブも父の期待によく応え、学問にはげみ婦道をおさめ、賢婦にして孝女なり――と地方官から表彰されるほどだった。


【 ジンブ 】

『いいぞ、ランブ! とても俺の娘とは思えねぇ。もっとがんばって、いいところの坊ちゃんを捕まえなきゃあな!』


【 ランブ 】

『はい……それが、お父様のお望みならば……』


 引っ込み思案で、内向的な性分だった幼き日のランブは、父の願いに応えることが何よりの喜びだったのである。




 ……しかしながら、父娘にとってひとつの誤算があった。


 それは、年頃になったランブの背がみるみるうちに伸びたうえ、大した鍛錬もしていないのに、あたかも全身これ筋肉のごとく、たくましく育ってしまったことである。


【 ジンブ 】

『……と、とても、俺の娘とは思えねぇな……』


 あっという間に背を追い越されたジンブは、そうぼやくほかはなかった。

 かつまた、年齢を重ね、ランブ自身の意識も変化していた。


【 ランブ 】

『私は、お父様のお役に立ちたいのです……! どうか、一兵卒としてお連れください!』


【 ジンブ 】

『い、いや、それはだな……』


 ランブは、家庭に入って女としての幸せを得るよりも、誰より慕う父の力になることを願うようになった。

 そんな愛娘のたっての願いに、不承不承ながらも、ジンブは娘を兵として戦場へ連れて行った。


【 ジンブ 】

『……まァ、すぐに音を上げるだろうさ』


 戦いの苛烈さに触れれば、きっと気が変わるにちがいない……と、タカをくくっていたのだ。

 だが、いざ戦場に立つや……


【 ランブ 】

『おおおおおおおッ……!』


【 敵兵 】

『な、なんだ、あのデカブツはっ!?』


【 敵兵 】

『ば、化け物――ぎゃああああああっ!?』


 ランブは斧を担いで戦場に突っ込むや、初陣とは思えぬほどの縦横無尽の活躍を見せ、この親にしてこの子あり――という武を示して見せた。


【 ジンブ 】

『……まいったな。すまねぇ母ちゃん。約束は守れそうにねぇ』


 こうなってはもはやジンブも諦めるほかはなく、それ以降はむしろランブに己の武芸や軍略を積極的に教え込んでいった。

 それは、自分の後継者になって欲しいという思いもあったろうが、


【 ジンブ 】

『戦場じゃあ、なにが起きるかわからん。少しでも死ぬ確率を下げなきゃあな』


 という親心もあったことだろう。

 もっとも、武勇の道はさておき、こと座学においてはランブは父の期待に応えたとはいえなかった。


【 ジンブ 】

『だから、いくさの気配をカッと感じとって、流れのままに兵をバーッと動かすんだよッ。簡単な理屈だろうが。なんでわからんッ?』


【 ランブ 】

『え、ええとっ……申し訳ありませんっ……』


 これはしかし、彼女に軍才がなかったというより、ジンブがあまりに卓越した感性重視の名将であったことが原因と思われる。

 その才は、およそ余人にならえるものではなかった……というべきであろう。


【 ジンブ 】

『ま、いいさ。俺には手塩にかけて育てた部曲ぶきょくがいる。軍略の方は、あいつらに任せておけばいい。お前は、もっと武芸を磨くこった』

 *部曲……私兵の意。ここではナギ家直属の私兵集団を指す。


【 ランブ 】

『はい、お父様――いえ、ナギ将軍!』


 ランブは敬愛する父の背を追い、いずれは父に劣らぬ将へと成長していくはずであった。

 そう、七年前の大いくさ……〈五妖の乱〉が、なかったならば。

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